このところ職場が繁忙期で「自宅残業」が続いていたが、今日は気分転換。朝から本書の残りに取り組み、昼過ぎに脱兎のごとく読みおえた。ロシア系移民の若手作家、Gary Shteyngart のベストセラー小説である。いつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆☆] ふと、ロレンスの名著『現代人は愛しうるか』を思い出した。むろん、あれほど深い人間性にかんする洞察が示されているわけではないが、それでもここには、現代文明におけるもろもろの危険な兆候の風刺と前後して、「ひとは愛しうるか」というテーマが明らかに流れている。舞台は近未来のニューヨーク。いまやアメリカは経済的に破綻し、その回復をもくろむ政党が国民生活を監視する全体主義の国と化している。超高性能の情報取得・通信装置の普及によってプライバシーは皆無となり、人間同士の直接的なコミュニケーションも阻害される一方、バイオテクノロジーによる永遠の生命を売りものにする会社も出現。その社員で風采の上がらないロシア系ユダヤ人の中年男レナードが韓国娘ユーニスに恋をする。レナードの日記とユーニスのメールが交代で紹介されるが、どちらにしてもすさまじいことばの奔流だ。エネルギッシュでにぎやか、饒舌な文体に圧倒される。いきおい、中年男と若い娘の恋というメロドラマに強烈な推進力が加わり、男の不甲斐なさ、ふたりのすれ違いなどから生まれるコミカルな味も倍増。その一方、上のように文明の発達にともなう危機的状況のなか、孤独と絶望、悲哀と苦悩にさいなまれながら、他人との結びつき、家族の愛、心の救いを真剣に求める人びとの姿も浮き彫りにされる。これが科学文明の末路なのか。未来の人間、いや「現代人は愛しうるか」。薄気味わるいリアルさをおぼえる悲喜劇である。
