予定より大幅に遅れてしまったが、何とか Colm Toibin の最新短編集 "The Empty Family" を読みおえた。さっそくまずレビューを書いておこう。
追記:本書は2011年のフランク・オコナー国際短編賞の最終候補作でした。
[☆☆☆★★★] 別名「家族変奏曲」とでも題すべき短編集。タイトルから連想されるような親子の断絶や対立のほか、今は亡き恋人への思い、さらには禁断の愛など、現象的にはさまざまな葛藤が描かれるものの、そこにはいずれも家族の絆がからんでいる。ただ、その絆が尋常ではない。ついに家族として結べなかった絆、消えてしまった絆、みずから断ち切った絆、世間的には家族のものとは言いがたい絆。そういう異色の愛の絆が主人公の心に葛藤をもたらし、その葛藤がときに激しい情熱となって燃えあがる。とはいえ、なかんずく胸を打たれるのは感情の爆発ではなく、切りつめた会話や風景描写などから伝わってくる、ぎりぎりまで凝縮された万感の思いである。故国
アイルランドから遠く離れたテキサスの満月の夜、
無人の街を歩いている主人公がふと、幼いころからなぜか愛情を示さなかった亡き母親のことを思い出す。表題作では、久しぶりに
アイルランドに帰国した男が海辺の村で風の声に耳をかたむけ、望遠鏡で波の動きを見守りながら、両親の眠る墓地のことを考える。緊密で透徹した文体が静かに織りなす心の綾には、ただもう溜息をつくしかない。英語的にも熟読玩味すべき作品である。