ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Paula McLain の “The Paris Wife”(2)

 これは亡き恩師に、こんな本を読みました、と報告したかった。その昔、若気の至りでヘミングウェイ論らしきものをぶったとき、恩師はにっこり笑い、目を輝かせながらヘミングウェイの文体の魅力について解説してくださったものだ。研究書も何冊か斜め読みしたはずだが、内容はいっさい失念。それより恩師の言葉のほうが今も心にのこっている。恩師のいちばんのお気に入りは、本書にも出てくる "Big Two-Hearted River"。タイトルを目にしただけでグッときた。
 …といった調子で、ヘミングウェイ・ファンなら、それぞれの思い出にふけりながら本書を読むことだろう。さほどにヘミングウェイの世界がここには広がっているわけだが、それは同時に、本書が彼の「創作活動や作品、あるいは他の作家との交流などに寄りかかっている部分が多い」ということでもある。そこで当初は、夫婦の出会いの恋物語をはじめ、「闘牛や釣り、スキーといったヘミングウェイ的なシーン」など、ファン以外の読者が読んでも果たして面白いのだろうか、と疑問に思っていた。
 ところが読み進むうち、主人公の最初の「妻がヘミングウェイをいかに愛していたかが痛いようにわかる瞬間があり」、思わず「胸を打たれ」てしまった。チューリップの名曲「虹とスニーカーの頃」の歌詞をもじって言えば、「わがままは男の罪 それを許すのが女の愛」ということだろうか。
 溺愛ではない。「比類なき友人で下司野郎」だった夫ヘミングウェイの長所欠点を問わず、すべてを理解したうえで離婚後も愛しつづた妻。ひるがえって、実際のヘミングウェイはつくづくいい男だったんだろうな、と想像がつく。これほど妻に愛されている夫なんてこの世にいるとは思えない。あ、自分の知識だけで断定してはいけませんね。訂正。うちのかみさんがこれほど深くぼくを愛してくれているとはとても思えない。(かみさんはこのブログにまったく無関心なので安心して書ける)。
 本書はもっか、ニューヨーク・タイムズ紙のハードカバー部門ベストセラー第14位ということだが、それだけ売れているのは、ヘミングウェイ・ファン以外の読者の心もつかむ要素があるからだ。それはひとえに、夫を思う妻の深い愛情が感動的ということではないだろうか。