ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Winifred Holtby の “South Riding”(3)

 さて、D・H・ロレンスやイーヴリン・ウォーグレアム・グリーンなどの作品と本書の決定的な違いは何か。それは大ざっぱに言うと、「古き佳きイギリスの伝統的な価値観やモラルを基盤にし」ているのか、それとも、さらにその奥を掘り下げようとしているのか、という点である。
 まあ、べつにイギリスにかぎらず、大衆道徳とか一般常識的なモラルと言ったほうが正しいかもしれない。たとえば、本書の主人公サラは「挫折を乗りこえてりりしく生きようとする」。たしかにそこには、困難に立ち向かう勇気のすばらしさが描かれており、だからこそ、イギリスの一般大衆には「元気が出る小説」なのでは、と推測したわけだが、しかし考えてみると、そういう勇気なんてあまりにも当たり前すぎないか。
 昨今、どこかの国では「辞める、辞めない」と言って総スカンを食っている総理大臣がいるが、この大臣にしてみれば、山積する困難にめげずがんばろうと思っているのかもしれない。が、どうやら、その勇気が周囲の人たちにはなかなか理解してもらえないようだ。これを要するに、この大臣と周囲とでは、価値観や現実認識が異なるということにもなろうが、ではこの場合、その勇気はすばらしいものと言えるのかどうか。
 つまり、一口に勇気といっても、じつは微妙な問題をはらんでいるのだ。それなのに、ただ「困難に立ち向かう勇気のすばらしさ」を訴えるだけでは、しょせん「大衆道徳とか一般常識的なモラル」の域を出るものではない。詳細は省くが、ロレンスやウォー、グリーンなどの場合、そんな通り一遍のモラルに終始した作品に出くわしたことは一度もない。その点、この "South Riding" はどうも突っ込み不足で、ぼくはついつい眠くなり、これなら作者が「文学史の中で埋没してしまった」のも仕方ないなあ、と思わざるをえなかった。