ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Julian Barnes の “The Sense of an Ending” (1)

 Alan Hollinghurst の "The Stranger's Child" に続いて、同じく今年のブッカー賞有力候補作、Julian Barnes の "The Sense of an Ending" を読みおえた。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆] 絶品である。老人が自分の人生をふりかえる小説にはすぐれた作品が多いが、これはそのなかでも、ひときわ心にしみる高峰のひとつだろう。ノスタルジックながら感傷を抑え、すこぶる知的で透徹した文体がつむぎだす人生の省察に読みほれ、静かな感動をおぼえる。語り手の男トニー・ウェブスターは青春時代の自分を冷静に分析。年老いたいまの自分と重ねあわせる。昔の友人や別れた恋人の思い出から、歳をとることの意味が伝わってくる。元妻や娘、孫の記述に、人生の断片的な真実がこめられている。一枚の写真のなんと切ないことか。けれども、それを見るトニーの目に涙はない。むしろ、読者のほうが自分のアルバムにも同じような写真が貼ってあるのを思い出し、胸をかきむしられのではないか。やがてトニーは、ある衝撃的な事実を発見。その事実から全篇をふりかえると、それまでさりげなく配置されてきた日常的なエピソードの重みがわかり、トニーともども、しばし茫然となる。それは本書がフィクションであることを実感する瞬間でもあるが、かくも実人生に近い題材をみごとにフィクション化するとは、これぞまさしく至芸である。