ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ann Patchett の “State of Wonder” (1)

 Ann Patchett の "State of Wonder" を読みおえた。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。
 追記:その後、本書は2012年のオレンジ賞最終候補作に選ばれました。

State of Wonder: A Novel

State of Wonder: A Novel

State of Wonder

State of Wonder

[☆☆☆☆] 呆れるほどうまい小説だ。まず人物の造形がじつにみごと。主人公はアメリカの製薬会社の女性研究員マリーナ。ほかの人物との出会いには常に彼女の人生が凝縮され、その内面描写によってヒロイン像がくっきり浮かびあがると同時に、相手もまた、端役ですら意味のある存在となっている。この人物造形により、後半、アマゾンの奥地における大冒険が絵空事とは思えなくなる。情景描写も的確そのものだ。インディオの手荒い歓迎、叩きつけるようなスコール、アナコンダとの手に汗握る格闘。一方、ユーモアたっぷりの場面もあって心がなごみ、口のきけない少年とのふれあいには胸を打たれる。が、何よりもすばらしいのは、ジャングルという過酷な環境のもと、マリーナと周囲の人物とのあいだに終始一貫、緊張関係が維持されている点である。現地で謎の研究を続ける老いた女性薬学者は、マリーナが産婦人科医を目ざしていたころの指導教授。人生の重荷となった事件がよみがえるも、彼女はインディオの女に分娩させざるをえない。こうした緊張をさらに高めているのが、そもそもマリーナが現地を訪れることになったある使命だが…。心の傷に苦しみながらも使命感に燃えるマリーナの姿はじつに感動的だ。結末はやや出来すぎの感もあるものの、この人物造形、この緊張関係ならば必然的な流れだろう。英語は知的でかつ上品な文体。現代の規範的な名文だと思う。