極度のスランプにおちいった「ヘンリーに復活の日は訪れるのだろうか」。もし訪れるとすれば、彼はどんなふうに立ち直るのか。これが後半のおもな興味のひとつである。
ぼく自身、これを読んでいるあいだ、昨日書いたような事情でさっぱり調子が出なかったため、「絶望の淵に沈んだヘンリー」にかなり感情移入したものだ。と同時に、このまま終わるわけがないから、彼がいかにスランプを克服するかによって本書の文学的価値が決まるかもしれない、とも思った。
で、その後の展開はパーフェクト! これ以外にはちょっとありえないだろう、というかたちで本書は結末を迎える。ヘンリーの天才的な守備ぶりから始まった冒頭場面とみごとに釣り合い、全体的にも起承転結が鮮やかで、まさしく「芸術的なさばき方」である。ネタばらしになるといけないので、これ以上詳しく書けないのが残念だ。
というわけで、これはすこぶるウェルメイドな小説なのだが、ないものねだり、お門違いのケチをひとつだけつけておこう。本書は読んでいるときはたしかに非常に面白いのだけれど、読みおわってみると、読者はそれぞれまた、自分の絶望と向き合うことになるかもしれない。そうでない人はハッピーだが、この世はどうしようもない現実に充ち満ちている。とすれば、本書は、そういう現実をつかのま忘れさせてくれる一服の清涼剤か。それが「本書の文学的価値」なのか。
…なんだか禅問答のようになってしまったが、とにかく至福のひとときを楽しめる痛快な作品である。