ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Teju Cole の “Open City” (1)

 Teju Cole の "Open City" をやっと読みおえた。昨年、タイム誌やエコノミスト誌、ニューヨーカー誌などが選んだ優秀作品のひとつである。いつものようにまずレビューを書いておこう。

Open City

Open City

Open City

Open City

[☆☆☆★★★] 「私は自分の心を探った」――第2部冒頭の言葉だが、これは全編に当てはまる。ある孤独な若い精神科医の心の旅、それもすこぶる知的な内面検証の記録が本書なのである。彼はニューヨークの市内をあてもなく歩きまわり、そこで目にした情景や、耳にした音楽、出会った人々との会話などに触発され、じつにさまざまな問題に思いをはせる。先住民の時代にまでさかのぼるアメリカ史の流れ、アメリカにおける黒人の地位(彼はナイジェリア出身なのだ)、休暇を過ごしたブリュッセルではパレスチナ問題、そして9.11事件。青年医師の思索は倫理的、精神病理学的な観点からも成り立ち、さながら文明批評の感さえある。だが、どれもこれも結局、彼にとっては「心の旅」の一環なのだ。祖国ナイジェリアで過ごした少年時代の思い出や、別れたばかりの恋人への思いといった個人的な体験にはじまり、それが決して感傷にとどまらず、自分の存在基盤を探り、確かめていく過程の中で文明論にまで発展する。あるいは、マーラー交響曲の分析に示されるように、人間の死および人生一般へと思索を深める。要するに、自己の内面を客観的に検証すればするほど、その客観性ゆえに自分を超えつつむ大きな問題にぶつかり、そこからまた個人的な問題へと立ち返る。書中の言葉をもじって言えば、「内なる現実」と「外側の現実」の相関関係がここには認められる。これほど内省的で、かつ知的な「魂の彷徨」を描いた小説は、そうめったにあるものではない。英語は内容をよく反映した緊密な文体で、語彙的にもややむずかしいが、総じて難解とまでは言えない。