ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2011年全米批評家協会賞最終候補作発表

 うかつでした。ニューヨーク時間で去る21日、全米批評家協会賞の最終候補作が発表されていたんですな。読んだばかりで、もっか感想を書きつづけている Teju Cole の "Open City" が選ばれたのはタイムリーとして、廉価版待ちだった "The Marriage Plot" もノミネート。デカサイズならペイパーバックも出ているが、どうしようか。(そのあと検索したら、なぜか今年は遅れていたアレックス賞もようやく発表されていた。http://www.ala.org/yalsa/booklists/alex
 以下、昔のレビューも再録しながら候補作を並べておこう。

Open City

Open City

[☆☆☆★★★] 「私は自分の心を探った」――第2部冒頭の言葉だが、これは全編に当てはまる。ある孤独な若い精神科医の心の旅、それもすこぶる知的な内面検証の記録が本書なのである。彼はニューヨークの市内をあてもなく歩きまわり、そこで目にした情景や、耳にした音楽、出会った人々との会話などに触発され、じつにさまざまな問題に思いをはせる。先住民の時代にまでさかのぼるアメリカ史の流れ、アメリカにおける黒人の地位(彼はナイジェリア出身なのだ)、休暇を過ごしたブリュッセルではパレスチナ問題、そして9.11事件。青年医師の思索は倫理的、精神病理学的な観点からも成り立ち、さながら文明批評の感さえある。だが、どれもこれも結局、彼にとっては「心の旅」の一環なのだ。祖国ナイジェリアで過ごした少年時代の思い出や、別れたばかりの恋人への思いといった個人的な体験にはじまり、それが決して感傷にとどまらず、自分の存在基盤を探り、確かめていく過程の中で文明論にまで発展する。あるいは、マーラー交響曲の分析に示されるように、人間の死および人生一般へと思索を深める。要するに、自己の内面を客観的に検証すればするほど、その客観性ゆえに自分を超えつつむ大きな問題にぶつかり、そこからまた個人的な問題へと立ち返る。書中の言葉をもじって言えば、「内なる現実」と「外側の現実」の相関関係がここには認められる。これほど内省的で、かつ知的な「魂の彷徨」を描いた小説は、そうめったにあるものではない。英語は内容をよく反映した緊密な文体で、語彙的にもややむずかしいが、総じて難解とまでは言えない。
The Marriage Plot

The Marriage Plot

The Stranger's Child

The Stranger's Child

[☆☆☆★★] 重厚にして緻密な「歴史ゲイ小説」。最大の美点は、いくつもの物語が織りなす重層的な構造と、それぞれの物語を支える精緻をきわめた描写だろう。ケンブリッジ郊外の町を主な舞台に、百年近い歴史の中で男と男、ときに男と女の恋愛感情がコミカルに、性的に、隠微に、はたまた快活に、さまざまな人物の視点から描かれる。当然、各人が交代で中心的な役割を果たすが、全編を通じて主役を演じるのは、第一次大戦で戦死した青年詩人。彼の「男女関係」に始まる開幕から第3部まで、その家族やファンたちの恋愛沙汰が年代記風に綴られる。各部とも山場があり、けっこう盛り上がるが、次の部で時代と人物関係が一変し、いくつか疑問点ものこるなど消化不良気味。ただ、心理・情景とも微に入り細をうがった描写には舌を巻き、胃がもたれるほどだ。第4部以降でも時代はさらに進むが、内容そのものは遡及的で、それまでの主な登場人物とのインタビューや文献などを通じて、青年詩人の正体を解き明かそうとする試みが行なわれる。この過去の再構成、追体験のアイディアはべつに目新しくはないが、本書の重層的な構造の根幹をなす意欲的な試みとして評価できる。上記の疑問も氷解。が、詩人の正体は第1部ですでに明らかで、それを解明するプロセスから生みだされるはずのミステリ的な興味はいっさいない。そもそも、解明に値するほどの正体なのか。そう考えると、本書の「精緻をきわめた描写」は冗漫この上なく、長大な無駄ということになるが、耽美主義、芸術至上主義の立場からすれば秀作のゆえんなのかもしれない。英語の語彙レヴェルは高めだが、とくに難解というほどではない。
Binocular Vision: New & Selected Stories

Binocular Vision: New & Selected Stories

[☆☆☆☆] オー・ヘンリー賞受賞作もふくむ選りすぐりの旧作21編と、13の新作をあわせた珠玉の短編集。とくに凝った文体ではなく、ユダヤ系の老若男女の日常生活を中心に、ドラマティックな展開もなく淡々とストーリーが進む。いや、小説的事実が積み重なっていくだけで、ストーリーとさえ言えないかもしれない。ときおり、さりげなく喜怒哀楽が示されるものの、彼ら彼女たちが感情をあらわにすることはめったにない。が、そこに何かしら深い思いが流れていることだけは伝わってくる。やがて迎える幕切れの一節、一行、ひとこと。それまで潜行していた感情が水面に浮かんできて、波紋が一気に広がる。意外な事実が暴露されることもある。一方、感情がかいま見えるだけのことも。この最後の瞬間にすべてが集約されている。出会いと別れ、愛と悲しみ、生と死。まさに人生が凝縮された一瞬である。たまたま10年おきに再会した男と女がかわす視線のなんと雄弁なことか。これは、そういう「閃光の人生」をみごとに捉えながら、技巧を技巧と感じさせないすぐれた短編集である。英語は語彙的にややむずかしく、また抑制された感情を汲みとる意味でも精読を要求される。
Stone Arabia

Stone Arabia