ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Eva Stachniak の “The Winter Palace” (1)

 この連休、最低2冊は読みたいと思っていたのだが、何かと所用があり、結局1冊しか読めなかった。今年の2月ごろからアマゾン・カナダでベストセラーとなっている Eva Stachniak の "The Winter Palace" である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★] ロシア皇帝エカチェリーナ2世の波乱に富んだ半生を、その女密偵ワルワラの目からとらえた宮廷歴史小説。滑りだしは快調で、エリザヴェータ女帝の治世下、立場の不安定だったエカチェリーナの危機をワルワラが救うくだりなどブラボーと叫びたくなる。が、ワルワラがいったん宮廷から遠ざかったあたりからトーンダウン。密偵としての才覚を活かす機会がうしなわれ、宮廷に復帰後も密偵とは名ばかりで、重要な情報はことごとく大宰相などが提供、みずから集める情報といえば、ほとんどゴシップの域を出ない。出世はするものの宮廷ゲームの捨て駒にすぎず、身の危険にさらされることもなくサスペンスに乏しい。そもそも宮廷ゲームそのものが退屈で、エカチェリーナとエリザヴェータの確執は要するに嫁姑の争い。ついで夫婦のすれちがい、不倫とつづき、史実にはのっとっているようだが、権力闘争や本格的な愛憎劇というよりコップのなかの嵐に近い。これはひとつには、対プロシア戦争など国際情勢がほぼ等閑視され、大きな歴史の流れが見えてこないことにもよるが、なんといってもエカチェリーナが善人すぎる。クーデターによって皇帝の座についたほどの女傑なら、実際はもっと強烈な個性の持ち主だったのではないか。少なくとも、そういう設定のほうが大帝の名にふさわしいはずだ。作者としてはステロタイプを避けたかったのかもしれないが、おかげで波瀾万丈であるはずの歴史劇が生ぬるいホームドラマと化してしまい興味半減。ただし終幕にただよう哀感は味わいぶかく、快調な出だしとあわせて★をオマケしておこう。