ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“How It All Began” 雑感

 Penelope Lively の最新作、"How It All Began" を読んでいる。ぼくは87年のブッカー賞受賞作、"Moon Tiger" にノックアウトされて以来、彼女の作品を少しずつ catch up していたのだが、数えてみると積ん読中のものが5冊もあり、いつのまにか最近作にも手が出なくなっていた。けれども、今まで読んだ本は中身こそ忘れてしまったものの、どれもとても楽しかった。その記憶だけは鮮明にのこっている。
 というわけで、今回、今年のブッカー賞「ロングリスト候補作」をいろいろ調べているうちに、この "How It All Began" も取り沙汰されているのを知り、急遽買い求めた。
 冒頭、70代の老婦人が路上強盗にあう。お、アクションか、昔のイメージとちょっとちがうな、と一瞬思ったが、そのあとの展開はそうそう、旧作もこんな調子でした。それをひとことで言えば、英国小説の伝統の味わいである。以前、「ペネロピ・ライヴリー賛」と題して発表・削除したレビューがあるので再録しておこう。本書にも当てはまる部分が多いと思う。(点数は今日つけました)。

Modern Classics According To Mark (Penguin Modern Classics)

Modern Classics According To Mark (Penguin Modern Classics)

[☆☆☆★★★] 日本におけるペネロピ・ライヴリーの評価は不当に低すぎる。新刊で入手可能な訳書は少ないし、某社版『現代英語作家ガイド』でも採り上げられていない。しかし実は、彼女の小説はどれを読んでも面白い。本書も名作『ムーンタイガー』には一歩譲るものの、英国小説のファンなら至福の一日を過ごせること間違いなし。主人公は中年の伝記作家で、ある有名作家について調査を進めるうち、その孫娘と妻帯者の身ながら関係し…なんだ、月並みな話ではないかと侮ってはいけない。この一見凡庸とも言える設定から、ライヴリーは通俗的な展開を排し、大方の読者の予想を超える意外な物語をつむぎ出して見せる。その豊かなストーリー性に加え、正確な人物造形、精緻を極めた心理描写、緊張感のある会話、どれをとっても文句のつけようがない。物語の進行とともに主な登場人物が「自分の顔」を発見、あるいは暴露するという流れも定番ながら秀逸。書中、オースティンやハーディの話が出てくるから言うわけではないが、英国文学の伝統の重みを感じさせる作品でもある。それでも本書は84年度のブッカー賞を逃したのだから、相手が悪かったとしか言いようがない。難易度の高い単語が頻出するものの、英国の小説を楽しむには必須のものがほとんどだし、構文的には簡単。従って、ボキャブラリーを増やすのに恰好のテキストだろう。