ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Nicola Barker の “The Yips” (2)

 これで今年のブッカー賞候補作を読んだのは3冊目だが、ぼくには本書がいちばんしっくりきた。William Hill で相変わらず1番人気の "Bring up the Bodies" (3/1)よりいいと思う。先週読んだ "The Unlikely Pilgrimage of Harold Fry" が3番人気(6/1)で、この "The Yips" は4番手(8/1)だが、オッズとぼくの評価が一致しないのは毎度のことだ。
 ……などと意気がってはいけない。ぼくも途中まで、「そんなに時間をかけて読むべき作品なのかな」と疑っていた。「なんだかヘンテコだけどおもしろい」。だけど、なにしろ「全編これ、活発でコミカルなおしゃべりに次ぐおしゃべり。その中身は脱線に次ぐ脱線。アクションはドタバタに次ぐドタバタ」。だから、そこにどんな意味があるのか図りかねていた。
 一例を挙げると、序盤になんと、横田めぐみさんの拉致事件の話が出てくる (pp.54-56)。あちらの小説を読んでいて出くわしたのはこれが初めてだったので、ぼくはビックリした。しかも、そこには日本政府のことなかれ主義への言及や、何ごとも穏便に取りはからおうとするのが日本文化の特徴という指摘もある。昨今の外交情勢を思わせて興味深いし、なかなか鋭い観察だなと感心もしたのだが、ではどんな発展があるのだろうと期待しているとそれっきり。つまり拉致事件でさえ、ひとつの独立したエピソードにすぎないのである。
 ところが、やがてこんな会話が飛びだす。'On an average day I don't take more than thirty per cent of what I say seriously.' / 'Thirty per cent?' Gene's shocked. 'So seventy per cent―' / '...of what I say is bullshit. Exactly!' Ransom conludes,(中略) 'Yeah. Roughly seventy per cent is pure bullshit.' / (中略) 'But seventy per cent?" Gene's appalled. / 'Okay, maybe fifty,' Ransom concedes. / 'And the rest?' / 'Hustle. Hype. Pep-talks. Mind games.' (p.355)
 このくだりを読んだころ、たまたま久しぶりに『博士の異常な愛情』を観たことも手伝い、上のプロゴルファー Ransom の発言をきっかけに、ぼくは本書のユーモアの意味について考えてみた。それまでも薄々感じていたことではあるが、なるほど、これは人生の不条理をテーマにしたファースなのではないか! 深読みかもしれないが、この観点に立つとたしかに合点のいくことが多いのである。そこで、旧作 "Darkmans" でも不条理がテーマに採りあげられていたのをやっと思い出したわけだ。……長くなりました。今日はもうおしまい。