ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Nicola Barker の “The Yips” (3)

 Barker の旧作 "Darkmans" を読んだのは5年も前のことなので、レビュー以外にどんな駄文を綴っていたのだろうと検索してみたら、「本書("Darkmans")を構成する主な要素はどれも尻切れトンボ。読んでいるときは確かに面白いのだが、さてその意味は?となると皆目不明。……こんな中途半端な処理では、不条理を描くにしても説明不足」などとエラソーなことを書いていた。今となっては、的を射た感想かどうか怪しいものだ。
 とはいえ、拙文を読みかえしたとき、ひるがえってこの "The Yips" では、不条理の描き方がすこぶる徹底していることに気がついた。膨大なおしゃべりとドタバタ喜劇のひとつひとつには何の意味がないにしても、それをひたすらくりかえすことによって人生の不条理、無意味さが表現されているのではないか。
 そう思って読むと、なかなか奥の深そうな会話もある。'And the basic philosophy?' / 'No philosophy. No guidance. No structure. No pay-off. No great consequences. Just stuff and then more stuff.' / (中略) 'So this "stuff" is purely physical or ....?' / 'It's both. It's hard and soft. Most of it's just ideas, just chatter. This big, stupid, inane conversation blaring in your ear which is determined to draw you in. And either you despise it or you embrace it. That's entirely up to you, of course.' (pp.519-520) さっぱり状況の読めない引用で申しわけないが、昨日の引用箇所ともども、本書全体について当てはまるくだりではないかとぼくは思っている。
 "Darkmans" のときも書いたことだが、「人生の不条理を訴えるなら、訴えること自体も不条理だという、今さらぼくなどが指摘するまでもないベケットたちの自己矛盾」を不条理文学はかかえている。「この矛盾の先にあるものは沈黙でしかない」。
 ところが、今回この "The Yips" を読むことによって、もし沈黙以外にも不条理を完璧に表現する方法があるとしたら、それは本書のように、「(不条理の)現実を極端にデフォルメし、とことん戯画化した型破りなファース」ではないか、という気がしてきた。 'And either you despise it or you embrace it. That's entirely up to you, of course.' ぼくは本書を 'embrace' するものである。