ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Jeet Thayil の “Narcopolis” (1)

 今年のブッカー賞候補作、Jeet Thayil の "Narcopolis" を読了。さっそくレビューを書いておこう。

Narcopolis

Narcopolis

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[☆☆☆★] 1980年代初期に実在したかもしれぬ〈麻薬都市〉ボンベイ。本書はそれを紙上で再現しようとした試みである。アヘン窟の経営者や客、売人、売春婦など、社会の底辺にいる人びとはなにを思い、なにに苦しみ、どんな夢を見ながら暮らしていたのだろうか。彼らの日常生活の断片、人生の断面が少しずつ明らかにされると同時に浮かびあがる、猥雑で混乱に満ち、不潔で貧しく、犯罪のはびこる麻薬の街。序盤は各エピソードが熟さぬうちに焦点が移動し、散漫で雑然とした雰囲気だが、これは本書がアヘンを吸って見るパイプの夢、つまり夢物語であることの象徴ともいえよう。やがて人物関係が定まり、各人の人生と都市の風景が照応しはじめたところで物語も異様な熱気を帯び、夢と現実、記憶と幻想がいり混じった都市小説となる。ユニークな試みだが、いくらパイプの夢とはいえ、終盤も散漫な構成でピンぼけ気味なのはいただけない。物語の核となり強烈な求心力をもつテーマが存在しないからだ。ある時代、ある都市で暮らすことが人間の内面にとってどんな意味を有するのか、それを深く掘りさげてこそはじめて〈都市小説〉といえるのではなかろうか。