ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

H. E. Bates の “A Month by the Lake & Other Stories” (1)

 世間とちがって今日は出勤日だったが、H. E. Bates の短編集、"A Month by the Lake & Other Stories" をやっと読みおえた。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆] 表題作は映画『湖畔のひと月』の原作で、ハートウォーミングな佳篇。コモ湖畔での避暑をおえて帰国するはずだったイギリス人の退役少佐が若い美人を見そめ、滞在をひと月延長。少佐にひそかに思いを寄せるオールドミスとのあいだで恋の駆け引きがはじまる。ぴりっとワサビのきいたセリフが痛快、少佐の動揺ぶりはユーモラスで心がなごむ。脇役陣もふくめツボを押さえた性格造形がみごとで、みずみずしく詩的な自然描写もすばらしい。しみじみとした結末にふと溜息をついてしまった。ほかの諸作でも、美しい四季折々の風景のなか、一瞬の心の動きと人間関係、そして人生がくっきりと浮かびあがる。反モダニズムといってもよいほど伝統的な作風で、とくに劇的な事件が起こるわけでも、人間性にかんする深い洞察が示されるわけでもないのに読みごたえじゅうぶん。小説の原点を見る思いがする。あわただしい毎日の生活を忘れ、心静かにじっくり味読するのに適した珠玉の短編集である。