ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Orphan Master's Son” 雑感 (2)

 今週はほんとに仕事が忙しく、毎日バテバテだ。晩酌をやってもストレス発散どころか、かえって身体が重くなるばかり。早いとこ隠居したいものだ。
 さて "The Orphan Master's Son" だが、相変わらずミミズがはうようなペースではあるものの、それでもなんとか中盤に差しかかかってきた。第1部 "The Biography of Jun Do" がおわり、今読んでいるのは第2部の "The Confessions of Commander Ga"。その Jun Do と Commander Ga が同一人物というか、Jun Do がどうも Commander Ga を僭称しているらしいというか、話がけっこうゴチャゴチャしてきた。もつれた糸を解きほぐすように少しずつ、第1部と第2部のつながりが明らかにされつつあるところだ。なかなかおもしろい。
 そのあたり、ネタを割ってもいいものかどうか自信がないので、これを読みながら思ったことを書こう。北朝鮮というと、昔は「地上の楽園」と信じられていた時代があるが、今でもそう思っている人がいるかどうかは知らない。ともあれ、いろんなイメージだけが先行し、その実態については非常に情報の乏しい国であることは確かだろう。
 それゆえ、作者はきっとよく調べて書いたんだろうけど、本書のどこを読んでも、「ほんとのようなウソのような」とつい思ってしまう。たとえば、漁船に乗りこんで無線を傍受していた Jun Do が港に戻り、脱北した船員の妻とこんな会話をかわしている。場所は妻の住む団地の屋上だ。"It's beautiful up here," he said. / "Sometimes I come up here to think," she said. They looked far out onto the water. "What's it like out there?" she asked. / "When you're out of sight of shore," he said, "you could be anybody, from anywhere. It's like you have no past. Out there, everything is spontaneous, every lick of water that kicks up, every bird that drops in from nowhere. Over the airwaves, people say things you'd never imagine. Here, nothing is spontaneous." (p.108)
 なかなかいい雰囲気なのだが、むろん体制批判の意味もこめられている。ぼくはこのくだりを読み、へえ、あの国の男と女のあいだで、これに少しでも近いやりとりがほんとにあるのかな、と疑問に思うと同時に、いやいや実際あるかもしれないぞ、とも思い、「非常に情報の乏しい国」の人間のキャラをじっくり練りあげていく作者の手腕にいたく感心してしまった。前回紹介したように、Michiko Kakutani は本書を 'A daring and remarkable novel.' と褒めているが(文脈は不明)、それに加えて、作者を 'An imaginative, creative novelist.' と呼んでもいいのではないでしょうか。