先週末も多忙だった。土曜は出勤、昨日も朝のうちは〈自宅残業〉で、本書に取りかかったのは昼過ぎから。晩にブログを更新しようと思ったが、つい眠りこけてしまい断念。やっぱり年ですなあ。
それでもようやく終盤に差しかかってきた。さすがにもう粗筋は紹介できない。星をいくつにするかまだ少し迷っているところなので、今日はその基準らしきものについて書いてみよう。
舞台となっている北朝鮮については、大別して2つのイメージがあると思う。昔ながらの「地上の楽園」と、それから恐怖の全体主義国家、独裁国家である。どちらを信じるかは政治的立場による時代もあったが、最近は後者のほうが正しいと考えている人がほとんどだろう。なにぶん「非常に情報の乏しい国」のことゆえ、実際に見てきたような話はしたくないが、ぼく自身も異形の国だと思っている。社会主義国のはずなのに世襲制だし、民主主義人民共和国というわりには独裁者がいるからだ。
さて、そういう国が舞台の小説と聞くと、読む前から上のイメージが先行しているため、たとえば全体主義の恐怖が描かれるにしても、不謹慎な言い方かもしれないがイメージどおり、〈想定内〉の内容である。むろん、その恐怖がいかに表現されているかという技巧の巧拙については綿密に検討しないといけないが、フムフムさもありなん、というだけではいかにももの足りない。やっぱり、〈想定外〉のおもしろさが欲しい。その点、本書は……いや、これはレビューでまとめましょう。
物語の内容とからんでテーマの追求はどうか、という基準も考えられる。たとえば、社会主義からなぜ全体主義が生まれるのか、といった思想的なアプローチだが、この点について現代の作家に何かを期待するのは、ないものねだりに等しい。『悪霊』一冊読んでしまえば、あれに補足するものはほとんど何もないことに気がつくからだ。それゆえ、思想とはべつの角度で、全体主義をテーマに何か深い内容が書けるかどうか。小説家としての腕の見せどころだが、その点、本書は……いやいや、これもレビューでまとめることにしましょう。