ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Yellow Birds” 雑感

 Louise Erdrich の "The Round House" に引きつづき、今年の全米図書賞候補作、Kevin Powers の "The Yellow Birds" に取りかかった。米アマゾンで9月のベスト10にも選ばれた作品である。まだハードカバーしか出ていないが、シノプシスをちらっと読み、ひょっとしたらひょっとするかも、とピンとくるものがあった。
 というのも、これがイラク戦争を扱った小説だからである。昨日も述べたとおり、「物理的にしろ精神的にしろ、アメリカの原風景がいかにえがかれているか、というのも全米図書賞の選考基準であろうとぼくは勝手に推測している」。アメリカの本土そのものではないかもしれないが、イラク戦争が題材なら、いかにもアメリカ的な小説に仕上がっているのではないか。
 ……と思って読みはじめたのだが、ううむ、これは今のところ、可もなく不可もなしといったごくフツーの戦争小説ですな。第1章は2004年9月、イラク北西部の街、Al Tafar の周辺にある建物の屋上で、米軍の小隊が待機しているシーンから始まる。ネットで調べると、Tal Afar という街があった。聖書にも出てくる有名な街らしい。実際、2005年9月、この街に潜伏するアルカイダの反乱軍にたいし、米軍と再編イラク軍が合同で攻撃を仕掛けて鎮圧したという記事も載っていた。
 とはいえ、小説を鑑賞するうえで、そんな予備知識はまず不要。この第1章全体の雰囲気は、映画『フルメタル・ジャケット』に出てきた廃墟の街、それも戦闘前の膠着状態のシーンに近い。基調にあるのは戦争の不条理、悲惨さで、主人公の若い兵士 Bartle たちは、1000人目の戦死者になることを恐れながら任務についている。イラク人の通訳が銃撃を受けて死亡したり、米軍が民間人とわかっていても射殺するといった事件が起きるが、感情をまじえず淡々と事実を連ねるような書き方だ。
 第2章は2003年10月にさかのぼり、ニュージャージー州の基地で Bartle たちが訓練を受けているところ。第1章にも顔を出した、同じ班の兵士 Murph との出会いが中心で、これまた『フルメタル・ジャケット』同様、こわい軍曹のシゴキを受ける。ただし、あれほどの鬼軍曹ではなく、こちらはむしろ思いやりがある。ちょっと泣かせるのは、Bartle が Murph の母親から、息子をきっとぶじに連れて帰ってくれと頼まれる場面。Murph はその後、戦死することになっているからだ。Murph's always going to be eighteen, and he's always going to be dead. And I'll be living with a promise that I couldn't keep. (p.32) このくだり、『ノルウェイの森』とそっくりですね。
 ほんとうはもっと先へ進んでいるのだが、もう夜も更けてきたのでこのへんで。