ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Colm Toibin の “The Testament of Mary” (1)

 きのう家に帰ったあと、Colm Toibin の最新作 "The Testament of Mary" を読みおえたが、レビューを書く時間は取れなかった。きょうも仕事でグッタリしているが、印象が薄れないうちにレビューを書いておこう。(追記:本書はその後、2013年のブッカー賞最終候補作に選ばれました)。

[☆☆☆] 聖書における聖母マリアの記述は非常に少なく、その心情を綴ったものとなると皆無。本書はそんな歴史の空白を埋めようとする聖書の番外篇である。キリストの死後何年もたったあと、死期を悟ったマリアが生前のキリストと処刑前後のできごとを回想。子どもに愛情をそそぎ、その身を案じ、わが子を亡くして悲嘆にくれる母マリア。恐怖におののき、なによりおのが身の安全を考えるという人間的な弱ささえ露呈する。マリアも聖母である前に、ごくふつうの母親、ふつうの人間だったというわけだ。この解釈が妥当かどうかはさておき、キリストの処刑といえば世界史上最大の事件のひとつのはず。ところが本書からは、その衝撃がさっぱり伝わってこない。「聖書の番外篇」といっても、要するに小さなホームドラマと化している。マリアに母親としての苦悩があったことは想像に難くないが、神の子イエスから宗教的感化を受けることはまったくなかったのだろうか。もし受けたとすれば、それは彼女の苦悩にどんな変化を与えたのだろう。トビーンほどの大家なら、そのあたりの葛藤をじっくり描くこともできたろうに、本書のマリア像は繊細なタッチのわりに平板。そもそも中編小説では扱いきれぬテーマだったのではないか。