ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Colm Toibin の “The Testament of Mary” (1)

 きのう家に帰ったあと、Colm Toibin の最新作 "The Testament of Mary" を読みおえたが、レビューを書く時間は取れなかった。きょうも仕事でグッタリしているが、印象が薄れないうちにレビューを書いておこう。

The Testament of Mary

The Testament of Mary

[☆☆☆] 聖書における聖母マリアの記述は非常に少なく、さらに、その心情を綴ったものとなると皆無。本書はそんな「歴史の空白」を埋めるべく書かれた聖書の番外編。キリストの死後何年もたったあと、死期を悟ったマリアが生前のキリストと処刑前後の出来事を回想する。子供に愛情をそそぎ、その身を案じ、子供を亡くして悲嘆にくれる母親マリア。恐怖におののき、何よりわが身の安全を考えるという人間的な弱ささえ露呈する。マリアも聖母である前に、ごくふつうの母親、ふつうの人間だったのだという解釈である。真偽のほどはさておき、キリストの処刑といえば世界史上最大の事件のひとつのはずなのに、本書からはその衝撃がさっぱり伝わってこない。「聖書の番外編」といっても、実際はすべて小さなホームドラマと化している。マリアに母親としての苦悩があったことは想像に難くないが、神の子イエスから宗教的感化を受けることはまったくなかったのだろうか。もし受けたとすれば、それは人間的苦悩にどんな変化を与えたのだろう。トビーンほどの大家なら、そのあたりの葛藤をじっくり描くこともできたろうに、本書のマリア像はいかにも平板。どだい中編小説で扱うべきテーマではなかったのではないか。英語はトビーンらしい繊細なタッチの名文で読みやすい。