ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tessa Hadley の “Married Love and Other Stories” (2)

「ぼくは何も言わん!」少年は生意気な口をきいた。
 毎年、元日の朝におせちを食べるとき、彼の家では全員何かひとこと、新年の抱負を述べるのが習わしだった。まず父が、ついで、そのころまだ働いていた母も、それぞれ仕事にかける意気ごみを語ったあと、長男である少年の番になったのだが、去年までとちがって少年は素直に応じようとはしない。
「なぜや?」父が問いかけた。
「〈去年今年貫く棒の如きもの〉という俳句があるやろ。新年になったって去年の続きや。べつに何も変わっとらん」
 少年の頭には、学校で習ったばかりの高浜虚子の句があった。年末年始にバタバタする人たちが多いが、虚子はちゃんと腰をすえて新年を迎えたわけや、という教師の説明に共感を覚えていたのだ。そういえば、うちのあの習わしはどうも気にくわん。毎年毎年、みんなしゃちこばって、同じようなことばかり言いよる。おめでとう、のひとことだけで十分や。
「何!」と一瞬、父は目をむいた。
 が、意外にも鉄拳は飛ばさなかった。おそらく、新年早々、親子げんかを始めるのは大人げないと思ったのだろう。「そりゃお前の言うとおりやがの、年の初めに、今年はこれをやろう、と自分が心に決めたことを人前で発表するのも、それはそれで大切なことなんぞ」噛んで含めるように少年に言い聞かせた。
 少年はなおもしばらく黙っていたが、「早うせんと、おもちが流れてしまうぜ」という母の言葉にうながされ、「勉強がんばります」としぶしぶ宣言した。
 その年を境に、正月恒例の儀式は中止されてしまったが、少年の若気の至り、浅慮をよく物語る事件である。
 ……元日を本書の短編風に表現すればどうなるか、ない知恵を絞ってみたが、やっぱりむずかしいですな。べつに人生にかんする深い洞察が示されるわけではないが、各人物の心に刻まれている思いが一瞬うかびあがり、あとでふりかえると、それが一生忘れえぬ瞬間となっている。どの話もその瞬間に向かって進んでいく。
 ぼくの父は去年他界したが、あのときの、かっと目をむいた父の顔はいまだに忘れられない。いまのぼくより、ずっと若かったはずだ。山登りが大好きで、元気に満ちあふれていた。一方、ぼくは生意気盛りの中学生だった。