ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“Sweet Tooth” 雑感 (1)

 Ian McEwan の "Sweet Tooth" をボチボチ読んでいる。ガーディアン紙や米アマゾンなどが選んだ去年のベスト作品だが、McEwan (日本では「マキューアン」と表記されているが、実際は「マッキュアン」が原音に近いらしい) を読むのは、2007年のブッカー賞候補作、"On Chesil Beach" 以来である。ちなみに、このブログの最初の記事は同書のレビューだった。
 McEwan が新作を出したことは、けっこう早くから知っていた。去年のブッカー賞ロングリストが発表される前、あちらのファンのあいだでは、この "Sweet Tooth" もしきりに取り沙汰されていたからだ。
 それがフタをあけると落選。以後、パスしていたが、どうやらスパイの話らしいという記事をちらっと見かけ、興味がわいた。ぼくは今でこそ純文学オタクだが、昔はミステリばかり読んでいたし、中でもスパイ小説は大のゴヒイキだったからだ。
 そのスパイ小説だが、少なくとも日本では最近、さっぱり人気がないようだ。去年の11月に出た週刊文春の臨時増刊「東西ミステリー・ベスト100」をながめても、あちらのスパイ物はほとんど見当たらない。かろうじて、元イギリス情報部員が主人公の『深夜プラス1』くらいか。しかしあれだって、実際は冒険小説でしょう。
 洋画では、007やミッション・インポッシブルのシリーズなど、相変わらずスパイがよく顔を出している。あちらの文学界ではどうなんだろう。あ、そうそう、William Boyd の "Restless" がスパイ小説でしたな。レビューを再録しておきます。点数はきょうつけました。

Restless

Restless

[☆☆☆★★] 『アイスクリーム戦争』で有名な著者の最新作はスパイ小説。ミステリ専門ではない作家が第二次大戦のスパイ物という使い古された題材を扱うからには、よほど斬新な切り口があるに違いない、と大いに期待して読みはじめた。事実、大戦初期にイギリス情報部がアメリカの参戦を促す工作を行っていたという話題は、ひょっとしたらスパイ小説史上初めてかもしれない。元女スパイが娘に書きつづる回顧録という体裁だが、敵地での活動ではないので今ひとつ緊迫感に欠けると思っていたら、突然、『針の眼』を思わせる強烈な場面が出現。以後、文字どおり虚々実々の駆け引き、偽装工作の連続で、このジャンルの醍醐味が充分に堪能できる作品に仕上がっている。それに較べ、女スパイの娘をめぐる事件、人物関係のほうは少々問題あり。たしかに起伏があって面白いのだが、本筋とは関係のない添え物という印象をぬぐいきれない。回顧録の中の過去と、それを綴る元スパイの現在が一つに交わる展開は定石ながら、いかにも大団円という感じでかなり迫力がある。それだけに、現在進行形の恐怖がもっと欲しかった。全貌が明らかになってみれば、本書のテーマは題名どおり不安、人間不信ということだが、これは昔からスパイ小説の定番。何が「斬新な切り口」かと言いたくなるが、それでも夢中になって読み耽ったのだから、佳作であることは間違いない。英語は難易度の高い表現もけっこうあるが、全体としては標準的なものだろう。
 たんなる臆測だが、向こうのミステリ・ファンのあいだでも、もしかしたらスパイ物は人気が凋落しているかもしれない。そんな状況で発表されたこの "Sweet Tooth" は……というところで、きょうはもう疲れてしまった。