ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“HHhH” 雑感

 Laurent Binet の "HHhH" をボチボチ読んでいる。今年の全米批評家協会賞の候補作で、巻頭の紹介記事によると、ゴンクール賞新人賞の受賞作(2010年)とのこと。
 例によって内容も確かめずに注文したが、表紙からナチス物だとすぐにわかった。 'HHhH' they say in the SS: Himmler Hirn heist Heydrich ― Himmler's brain is called Heydrich. (p.109) というのがタイトルの由来。1942年、プラハで起きたゲシュタポの最高司令官(親衛隊大将)ラインハルト・ハイドリヒの暗殺事件を扱った作品である。
 これはまず叙述スタイルがおもしろい。歴史小説を書きあげていくプロセスを実況中継風に盛りこむことで、明らかにフィクションと思われる会話や心情、情景でもリアリティーが生まれている。小説と史実、フィクションと現実をめぐる考察から、問題の核心に迫ろうとする作者の意図が読み取れ、それゆえ、実際そんな場面があり、そういう言葉がかわされたのではないか、という気がしてくるのだ。
 このような手法は、おなじ事件を背景にした Mark Slouka の "The Visible World" とは大く異なっている。あちらはストーリー重視型のロマンティックな作品だった。昔のレビューを再録しておこう。(点数はきょう決めました。甘いかな)。

The Visible World: A Novel

The Visible World: A Novel

[☆☆☆★★★] よくある第二次大戦中の悲恋物かと終盤まで思っていたら、最後の最後で不意打ちを食らい、しばし呆然。そして涙。たしかに悲恋はからんでいるのだが、それ以上に、人を愛することの重さがずしりと迫ってくる。加えて、恋愛と同志愛、責任感の板ばさみ。悲恋とあわせ、人間を心の面でも極限状況に追いこむのが戦争なのだと改めて実感させられた。語り手はアメリカのチェコ系移民の息子。最初は彼自身のノスタルジックな回想が中心だが、そこにときおり、子供の頃から薄々と感じていた両親への疑問が混じる。やがてその謎を解こうと、二人の死後、息子は祖国を訪問。ナチス・ドイツ占領下のプラハで起きた大事件を背景に、若い娘だった当時の母親の悲痛なロマンスが次第に明らかになる。伏線はフェアに張られているものの、悲恋の真相はやはり意外。愛を引き裂かれ、愛より死を選び、そして愛の重さに耐えて生きた人々の胸の内を思うと言葉を失ってしまう。英語は標準的で読みやすい。