ニューヨーク時間で2月28日、全米批評家協会賞が発表され、フィクション部門では、Ben Fountain の "Billy Lynn's Long Halftime Walk" が栄冠に輝いた。ぼく自身は Adam Johnson の "The Orphan Master's Son" [☆☆☆☆] が本命と思っていたが、"Billly Lynn's ...." も力作なので納得できる結果だ。以下、レビューを再録しておこう。
[☆☆☆☆] 膠着状態におちいった
イラク戦争を背景に、戦争の
大義の虚妄と、
大義を信じたがる軽佻浮薄な一般国民、その偽善と大衆ヒステリーを痛烈に諷刺した
反戦小説。彼の地でめざましい戦果をあげた青年兵ビリーたちブラボー
分隊の面々が一時帰国、
ブッシュ政権の
選挙対策に駆りだされ、全米の主要な都市を凱旋ツアー。その終点ダラスでおこなわれるアメフトの試合のハーフタイム・ショーに、なんと
ビヨンセたちともども出演することになる。女優が主役を演じる映画化の話ももちこまれるなど、終始一貫、ナンセンスなドタバタ劇の連続だが、ビリーたちを賞賛する人びとの声や、反テロ戦争の正義を訴える試合前のアジ演説などと平行してコミカルなエピソードが盛りこまれるうちに、上記の諷刺の意図が明らかになる。圧巻はやはりハーフタイム・ショー。ド派手な光と音の饗宴は本書における茶番の総決算であると同時に、
イラク戦争と
アメリカ国民の大衆ヒステリーを象徴する壮大な狂騒劇となっている。口語や俗語を駆使した、すさまじいパワー全開の文体に圧倒され、ビリーと
チアリーダーのお熱いシーンもあって大いに楽しめるし、ほろっとさせられる結末もいい。が、いささか気になる点もある。諷刺とは、鋭い批判精神と深い真実の洞察から成り立つものだが、本書の場合、戦争が「生と死の究極的な問題」であり、また「愚劣な死の大量生産」であるという認識が諷刺の根拠となっている。一面の真理ではあるが、たとえば、悪の座視は悪であるとか、正義と正義の衝突が戦争であるといった側面
はえがかれない。〈正義病〉にかかった
アメリカ人の幼児性も諷刺の対象となっているが、幼児の軽薄を嗤うためには大人の知恵を有していなければならない。が、ものごとのあらゆる面をとらえるのが大人の知恵ではないのか。ある一面を戯画化して笑いのめすのが諷刺である点を考慮しても、本書の諷刺は一面的に過ぎる。戦争を真剣に諷刺するには、人間がついに天使たりえない不完全な存在であるという洞察が必要である。そうした悲劇的な人間観が欠けているがゆえに、本書に心から感動することはできない。英語は日本の一般読者にはなじみの薄い俗語表現が頻出するが、いったん流れに乗ってしまえばけっこう読める。