ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Colm Toibin の “The Blackwater Lightship” (2)

 これはぼくの〈旧作探訪シリーズ〉第1弾。最近、珍しくがんばって去年の話題作に取り組んできたが、昔からずっと書棚の飾りになっている本はそのままだ。積ん読の山を少しずつ切り崩そう、というのが今年の目標のひとつである。
 ぼくは今でこそ現代文学のオタクみたいだが、読書歴としてはたいしたことがない。ブッカー賞でいうと、2006年以降の受賞作と最終候補作は、去年の Will Self の "Umbrella" を除いてぜんぶ読み、レビューも書いたし、ロングリスト止まりの候補作もけっこう読んでいるが、それ以前となるとカバー率は激減。そもそも、ブッカー賞と聞いて、へえ、そんな賞があるんだ、という程度の認識しかなかった。
 それでも受賞作はボチボチ catch up しているが、まだまだ読み残しが多い。まして候補作のリストを見ると気が遠くなる。現代文学の前にハマっていた古典にいたっては、主な作品だけでも死ぬまでに読めるかどうか大いに怪しい。英訳版のプルーストなど最たる例だ。
 ……とボヤいていても仕方がない。千里の道も一歩から。そこで選んだのが Colm Toibin の旧作というわけである。去年、最新作の "The Testament of Mary" [☆☆☆] を読んでガッカリしたので、口直しに、と思った。
 これ、いいですなあ。"The Master" [☆☆☆☆★] ほどではないが、静かな筆致の中に深い情感がこめられたトビーン節、絶好調。たとえば、こんなくだりはどうだろう。'The sea was a deep metallic blue; there were black rainclouds on the horizon, but the sun was coming through now and it was almost bright. There was no one to be seen; it would be a while before the people in the smallholdings around here woke and got up and started the day. She imagined them locked in the privacy of sleep, or turning slowly, wakened for a second by the dawn light, and then falling back into their sleep.' (p.259)
 この海をながめているのが主人公の女性 Lily で、彼女の弟はエイズにかかり死の床にある。ぼくも去年、父が他界したばかりだけに、こういうさりげない自然描写ひとつとっても心にしみた。長く記憶に残りそうな作品である。