ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tanis Rideout の “Above All Things” (2)

 おとといまでカタツムリ君のペースだったのに、きのうは一気に読み進んだ。「始めは処女の如く後は脱兎の如し」。ここでこの故事成語を引くのは誤用だが、イメージ的にはかなり近い。
 ペースが上がったのは、後半、「冒険小説と家庭小説が平行して進み、遭難と訃報というそれぞれのクライマックスに向かって次第に緊張が高まっていく」過程がけっこうおもしろかったからだ。これで何か意外な展開があれば申し分なかったのだが、史実がはっきりしているだけにヒネリようもない。
 その史実にフィクションをからめる技術は完成の域に達していると思う。マロリーが登頂に成功したかどうかは当時から謎であり、この点をどう処理しているか楽しみだったが、マロリーのシンパと懐疑派の中間をとったような解決で、これについても「おそらくこれ以外に書きようがない」気がする。
 「そこに山があるから」というあの有名なセリフが、報道陣の取材攻勢にうんざりしたマロリーのその場しのぎの答えだったことは事実らしい。作者はこう補足している。Why? That was what everyone wanted to kow. Or at least the ones who had never been on a mountain before. He'd never been able to explain it properly. What was there to explain? It was the aethetics of the climb, the pull and lure of what lies just over that oh-so-close horizon. It was the pure pleasure of turning a route, a wall, of having your body do exactly what you need it to do, when you need it to. But it was more than that too. There was a supremacy he felt when he stood on a summit. An ascendancy. (p.112) ま、正解でしょうな。しかし、ちょっと優等生的でおもしろくない。とにかく「何もかも完璧なまでに型どおりの小説」である。
 ぼくはいままで知らなかったが、あのジェフリー・アーチャーが同じくマロリーの生涯をテーマに "Paths of Glory" (2009) という小説を書き、『遥かなる未踏峰』と題されて邦訳も出ているそうだ。アーチャーのことだ、ひょっとしたら型破りな工夫を凝らしているかもしれない。たしかめてみたい気もするが、ぼくはパスします。