ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2013年ピューリッツァー賞発表 (2013 Pulitzer Prize Winner for Fiction)

 ニューヨーク時間で15日、今年のピューリッツァー賞が発表され、小説部門では Adam Johnson の "The Orphan Master's Son" がみごと栄冠に輝いた。ぼくはつい先日、最終予想で同書をイチオシにあげ、「この秀作をもうそろそろ、ちゃんと評価してほしい」と書いたばかりだけに、ほんとにうれしい!
 ちなみに、受賞作以外の最終候補作は、Nathan Englander の "What We Talk About When We Talk About Anne Frank" と、Eowyn Ivey の "The Snow Child" だった。両書とも P.Prize Com の予想にはなかった作品であり、その意味では意外な顔ぶれだ。なお、Nathan Englander の短編集は、昨年のフランク・オコナー国際短編賞の受賞作でもある。以下、3作のレビューを再録しておこう。

The Orphan Master's Son: A Novel (Pulitzer Prize for Fiction)

The Orphan Master's Son: A Novel (Pulitzer Prize for Fiction)

  • 作者:Johnson, Adam
  • 発売日: 2012/08/07
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆☆] かつては「地上の楽園」と信じる人びともいたが、相変わらず秘密のヴェールにつつまれながらも、いまや独裁国家であることが明らかな北朝鮮。小説でもその恐怖の現実が描かれるのは当然だが、本書にはいくつか予想外のユニークな設定がある。まずこれが名画『カサブランカ』の本歌取りとなっている点だ。開巻、工作員による日本人の拉致というショッキングな事件に絶句。脱北した漁民の美しい妻と工作員のふれあいに情感がこもり、しんみりとなるが、驚いたことに第2部ではその工作員が軍司令官となっている。その変身のいきさつが彼自身の行動記録、「司令官」を取り調べる尋問記録、そして「司令官」の物語を流す国営放送という3次元中継で次第に明らかにされる。この複雑な語りの構造と、第1部もふくめた彫りの深い人物造形がじつにみごと。また、国民的女優でもある「司令官」の妻が「これは夢なのか」と洩らすように、現実がフィクションと融合し、マジックリアリズムの世界に近づいている点も見逃せない。全体主義の体制では〈不都合な真実〉が隠蔽され、真実の代わりにフィクションが真実となる。全体主義の現実とは、まさにマジックリアリズムの世界なのである。それを端的に物語る漫画チックな結末はケッサクというしかない。しかも、心臓バクバクものの緊張がピークに達した瞬間、北朝鮮版『カサブランカ』であることがわかる設定の妙。「秘密のヴェールにつつまれ」た国を舞台に、よくぞここまでフィクションを組み立てたものと大いに賞賛したい。[☆☆☆★★★] 人生にはさまざまな真実の瞬間がある。べつに深遠な哲学的真理でなくても、身近な人間そして自分の心の奥に秘められた思いが、ふとした事件をきっかけに浮かびあがる。本書は、そういう日常生活における真実の瞬間を鮮やかにとらえた好短編集だ。タイトルどおり各話ともユダヤ人の世界が描かれ、ホロコーストやその後日談、人種差別の実態など、題材としてはおなじみのものが多い。が、活きのいい力強い文体に惹かれ、コミカルなやりとりや出来事を楽しんでいるうちに、やがて緊張が高まり息苦しくなる。妄想や執念がほとんど非現実の世界にまで達し、背筋の凍るような事件が起こる。感情がむき出しになる。それは人生の真実が凝縮された瞬間であり、どの物語でも、読みはじめたときから世界が一変したかのような衝撃を受ける。まさに短編小説の醍醐味だろう。英語はイディッシュも混じるなど語彙的にむずかしめで歯ごたえがある。
The Snow Child: The Richard and Judy Bestseller

The Snow Child: The Richard and Judy Bestseller

  • 作者:Ivey, Eowyn
  • 発売日: 2012/08/10
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★★] 現実世界とファンタジーの世界が奇妙に混在する、異色の現代版フェアリー・テイル。現代といっても舞台は1920年代のアラスカで、「奇妙な混在」はさほど無理のない設定と言えよう。全3部の冒頭にそれぞれ挿入された民話や童話が主筋をほぼ形成。子供のいない夫婦が新天地を求めて最後のフロンティアへ。過酷な自然環境のもとで耐乏生活をしいられていた矢先、雪で作った少女の像に命が吹きこまれたのか、山中で死んだ男の娘が訪ねてきたのか、「雪娘」と夫婦の不思議な交流がはじまる。明らかに妖精だが、いかにも人間らしい雪娘。同様に、大枠としてはフェアリー・テイルながら、厳然たるファンタジーの世界があるわけではなく、それが現実世界を浸蝕することもなく、むしろ親が子供にそそぐ愛情、子供が得られない悲哀をはじめ、農作業や狩猟など開拓民の生活の細部にいたるまで、すこぶる人間的な現実が中心を占めている。書中の言葉を借りれば、雪娘は親子の「愛と献身、希望と不安」の象徴で、それぞれを端的に物語る山場が時に楽しく、時に切なく、時にサスペンスたっぷりに盛りあがり、一気に読める。英語もごく標準的でとても読みやすい。