ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2013年女性小説賞ショートリスト (2013 Women's Prize for Fiction shortlist)

 ロンドン時間で16日、オレンジ賞改め、Women's Prize for Fiction (女性小説賞)のショートリストが発表された。
 "Life after Life" は、英米カナダのアマゾンで先月や今月の優秀作に選ばれている。"Flight Behaviour" は、たしか昨年11月の米アマゾン選優秀作。"Where'd You Go, Bernadette" は今年のアレックス賞受賞作で、昨年の Janet Maslin の10 Favorite Books、タイム誌の年間ベスト10小説にも選ばれている。"NW" は最新の全米批評家協会賞最終候補作で、昨年のニューヨーク・タイムズ紙、ガーディアン紙、タイム誌などの年間優秀作。"Bring up the Bodies" は、え、また Mantel ですか!
 とりあえず、既読のものはレビューを再録しておこう。その他の候補作についても、なるべくレビューを追加する予定です。

Life After Life

Life After Life

  • 作者:Atkinson, Kate
  • 発売日: 2013/03/05
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★] 自分の生きている現実以外に、またべつの現実が存在するかもしれない。本書はこの、SFでおなじみのパラレルワールドの考えを自在に活用した歴史ロマン小説である。たしかに死んだはずのヒロイン、アーシュラたちが、その後なぜか、異なる状況のもとでしっかり生きている。なんの合理的な説明もないまま進む展開に当初は面食らうが、これがパラレルワールドだと理解すれば、矛盾や曖昧な点があるのは当たり前。アーシュラがレイプされたり、されなかったり、異常な性格の夫と結婚したり、しなかったり、それぞれのエピソードを理屈ぬきに楽しめばよいということになる。極めつけは、第二次大戦中のアーシュラの戦争体験だ。ドイツ人と結婚し、ベルリンで米英軍による空襲に遭ったかと思うと、こんどはロンドンで連日連夜、ドイツ軍による大空襲。とりわけ、後者には相当な紙幅が割かれ、本書の山場となっている。が、いくら戦争の悲惨さが強調されても、しょせん複数の現実のひとつである以上、生か死かという限界状況ならではの緊迫感に欠ける憾みがある。それより何より、パラレルワールドを提出することで、作者が何を訴えようとしているのか判然としない。実際はひとつしかない現実だからこそ、その中で生き、苦しむことにも意味があるはずだが、複数の現実のもとでは、その意味にどんな変化が生じるのか、という点がまったくふれられていない。着想はおもしろいし、個々のエピソードもそれなりに楽しめる。が、肝腎な問題が素どおりであるため、心に響いてくるものは少ない。英語は難語も散見されるが、総じて標準的なもので読みやすい。(4月25日)
May We Be Forgiven

May We Be Forgiven

  • 作者:Homes, A.M.
  • 発売日: 2013/04/04
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★★] 主人公は政治史の学者ハリー。その弟の妻が突然、熱いキスを! やがて2人は道を踏みはずし……というセンセーショナルな書き出しだが、昼メロ調はここまで。以後、まことに奇妙な人間関係からなる珍無類の悲喜劇がはじまる。ハリーは弟の子供たちの親代わり、ペットの世話係となり、はたまた、弟が交通事故を起こして死なせた相手の子供まで面倒を見る。一方、出会い系サイトで知りあった女と関係するや、その夫もまじえてバーベキュー・パーティー。買い物先の店で出会った女とも関係、なんと女の痴呆症気味の両親が家に転がりこんでくる。ほかにもオフビート、破天荒なエピソードの連続で、あわてふためくハリーの姿がなんともおかしい。が、彼はまた、離婚と失職を余儀なくされ、絶望の淵に沈む人間でもあり、その実存の叫びは痛切この上ない。やがてハリーは自分を取り戻そうとする努力の一環として、ニクソン元大統領の研究に情熱をそそぐ。それがケネディー暗殺の謎へとつながるあたり、自己喪失とその超克という定番の流れを突きぬけている点がみごとである。とはいえ、ハリーが曲がりなりにも生きがいを見いだすきっかけは、自己実現の努力ではなく、むしろ、偶然の出来事に翻弄されるうちに他人と結びつき、上のように珍妙ではあるが一種の家族を形成するところにある。家族の絆が救いというのは定石どおりだが、なにしろヘンテコな人物関係だけに気にならない。英語は難語も散見されるものの標準的で読みやすい。(6月17日)
Flight Behavior

Flight Behavior

[☆☆☆★★] 人は美しい自然に感化され、生きるヒントをつかむことがある――日本人にはおなじみのテーマだが、本書で描かれる自然はエコロジーの問題と直結している。それゆえ、人生の悩みだけでなく、現在の地球にどんな異変が起きているか、その異変にたいして人間は何ができるのか、何をすべきなのか、というのが本書の主眼である。つまりこれは、人生と地球環境の問題を巧みに織りまぜ、より具体的にはホームドラマエコロジーをみごとに合体させた小説なのである。その構成は間然するところがない。二児の母親ながら恋多き女が、アパラチアの美しい森林と、そこに突然発生した無数の蝶の大乱舞に感動。やがてそれが過去のトラウマとその超克、家族の対立と和解というテーマと同時に、地球温暖化の問題へとつながっていく。蝶の異常発生をめぐる大騒ぎなどコミカルなエピソードが楽しく、奇跡とも思えるほど幻想的な光景の描写もすばらしい。と、どの要素をとっても完璧な仕上がりなのだが、そのわりに心に響いてくるものは少ない。地球規模のエコロジーの問題の重大さとくらべ、それに直面した人間が織りなすのはホームドラマが中心だからだ。配合の妙はさておき、「人生の問題」の小ささがどうしても目だってしまう。しかも、エコロジーとからめなければ定番の話なのだ。ひるがえって、環境問題の教科書のようなくだりがあるのも興ざめである。英語は知的な文体で、語彙レヴェルはかなり高い。(5月16日)
Bring Up the Bodies

Bring Up the Bodies

  • 作者:Mantel, Hilary
  • 発売日: 2013/05/07
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★] 今回のヤマは、ヘンリー8世の新王妃となったアン・ブリーンが男子の世継ぎを産めず、処刑されるというおなじみの大事件。前作と同じく宮内長官トマス・クロムウェルの立場から描いたもので、前王妃キャサリンの他界、アンの流産、ヘンリーと女官ジェイン・シーモアの密通と、なんのケレンもなく史実どおりに進む。間然とするところのない構成で緻密な描写も健在だが、前作とちがって裏話、楽屋話の楽しさが影をひそめたのは残念。途中の山場も少ない。クロムウェルは相変わらず冷静な観察力と交渉術にたけ、カネを武器に各要人のあいだを自在に動きまわり、身勝手な国王の願望実現のために尽力する。が、そのしたたかな現実主義のおもしろさは二番煎じの感を否めず、また、トマス・モアの理想主義という対立軸をうしなったぶん、作品全体に深みが欠ける結果ともなっている。とはいえ、クロムウェルがアンの「愛人たち」を尋問するあたりから大いに盛り上がり、アンの処刑場面はもちろんリアルで凄惨をきわめる。クロムウェルの庇護者トマス・ウールジを失脚に導いた張本人たちへの復讐劇となっているのが新解釈かもしれない。クロムウェルの最期を予感させるくだりもあるが、国王に翻弄される現実主義者のはかなさは次作のお楽しみ。本書は結局、3部作のつなぎの役割しか果たしていないのでは。英語は時代をよく反映した古風な表現が目だつが、難易度はさほどでもない。
Where'd You Go, Bernadette: A Novel

Where'd You Go, Bernadette: A Novel

  • 作者:Semple, Maria
  • 発売日: 2013/04/02
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★★] 開巻、エキセントリックな中年女同士のバトルに引きこまれ、「泥まみれ」のドタバタ喜劇に大笑い。この序盤の〈笑いのマジック〉には相当なパワーがある。メールのやりとりが中心の書簡体小説で、視点がテンポよく鮮やかに切り替えられ、活発でノリのいい会話が飛びだすうちにコミカルな事件が連続する。その中心人物が、何かと人騒がせなバーナデット。中盤、彼女の苦渋に満ちた人生が次第に明らかにされるとともに、前半のコメディーの舞台裏も見えてくる。心に秘めた深い傷、地域社会における孤立、多忙で無理解な夫との断絶。物語がシリアスなタッチを帯びたところで、コメディーもとんでもない方向へと走り出し、解釈の仕方によって正気と狂気が逆転するという恐ろしい事態になる。これをコミカルに描いている点が秀逸だ。この状況をとことん戯画化して、さらに拡大すれば大変な傑作が生まれたはずだが、最後はタイトルどおり、「バーナデット、どこへ行く」という名の家庭小説。ハートウォーミングで好感がもてるし、意外な冒険もあって楽しめる。もともと家庭の喜劇であるという意味では自然な流れだが、「とんでもないコメディー」が常識的な結末を迎えたのは尻すぼみの感があり惜しい。難度の高い口語表現も散見されるが、なにしろテンポのいい文体で読みやすい英語である。(4月30日)
NW

NW

  • 作者:Smith, Zadie
  • 発売日: 2012/09/06
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★] いまや多民族都市のロンドン北西部。そこの住人が交代で主役をつとめる輪舞形式の長編だが、実質的には長編というより、生活風景の短いスケッチ、人生の断片をまとめたもの。ジャマイカ系の女弁護士の出番がいちばん多いが、完全な主人公とは言えず、一貫したストーリーもほとんどない。テーマも当初つかみにくいが、筋書きも条理もあるかなきか、混沌として雑然とした世界こそ人生なのだとすれば、ここにえがかれている夫婦や親子、恋人、友人などの人間関係の断片、生活風景はまさに人生そのものである。どの人物もそれぞれ悩み、苦しみ、悲しみ、笑い、愛し、憎みながら生きている。その悲喜こもごも、愛憎からは、自分は何者なのか、人生に意味はあるのか、といった実存の問いも聞こえてくる。恋愛感情のもつれと不条理な殺人を扱った第2部に比較的まとまりがあり、女弁護士の半生を綴った第3部が「人生の断片」をもっとも鮮明に映しだしている。中には胸をえぐられる断片もあるが、組み立てる前のジグソーパズルのピースといったものも多く、読者によって好みが分かれるだろう。英語は口語、俗語、破格のオンパレードでむずかしめだが、すこぶる饒舌な文体に迫力があり引きこまれる。