ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

David Mitchell の “Black Swan Green” (3)

 ロサンジェルス時間で19日、Los Angeles Times Book Prizes の発表があり(対象は前年の作品)、小説部門では Ben Fountain の "Billy Lynn's Long Halftime Walk" [☆☆☆☆] が受賞。全米批評家協会賞とあわせて2冠達成となった。
 さて、"Black Swan Green" で不満な点を簡単に述べておこう。「どの場面も読んでいる最中はおもしろいのだが、過ぎてしまうと心にさほど残るものがない」。この理由は要するに、本書を一貫して流れる強烈なテーマがない、という点に尽きる。
 きのう引用した箇所に出てくる『蠅の王』とくらべれば、両者の違いは明らかだろう。あちらは周知のとおり、法と秩序、さらには悪の問題について深く考えさせるものだが、本書の場合はどうか。たしかに、主人公の少年が受けるいじめの数々を通じて、子供とは、人間とは残酷なものだとは思うのだが、それはしかし、べつに目新しい内容ではないし、ここで人間性にかんする深い洞察が示されるわけでもない。ほかのエピソードとおなじく、いじめもまた、「定番の青春小説」を構成するひとこまに過ぎないのである。
 いろいろな経験を積みながら大人になっていくのが通過儀礼とすれば、なるほど青春は断片的な事件の連続である。その断片をフィクションとしてうまくつなぎ合わせたのが本書であり、だからこそ「どの場面も読んでいるときは……」となるのかもしれないが、そんな現実の平面をなぞるだけでは、すぐれた文学作品たりえないのは明らかだろう。
 本書には Alain-Fournier の "Le Grand Meaulnes" [☆☆☆☆★] の話も出てくる。ぼくは数年前、同書を英訳版で読み、こんなレビューを書いた。「道に迷った主人公モーヌがとある屋敷にたどりつき、不思議な舞踏会で美しい少女と出会うくだりは、夢と現実が交錯したような世界の出来事で、ファンタジー史上に残る文学シーンと言ってよい。同時にそれが、二度と帰らぬ青春時代の象徴にもなっている点が見事だ」。
 "Black Swan Green" は、『蠅の王』のように現実を掘り下げ、その奥にある問題を読者に提示するものではないし、また、"Le Grand Meaulnes" のように、現実を象徴する異次元の世界を現出するものでもない。両書以外にも、青春小説にはいろいろなタイプの傑作があるように思うが、"Black Swan Green" はそこに新風を吹きこむ作品ではなかった。せいぜい佳作どまりなのが残念だ。