Kate Atkinson の "Life After Life" をやっと読みおえた。オレンジ賞改め、Women's Prize for Fiction の最終候補作である。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆★] 自分の生きている現実以外に、またべつの現実が存在するかもしれない。本書はこの、SFでおなじみのパラレルワールドのアイデアを活用した歴史ロマン小説である。たしかに死んだはずのヒロイン、アーシュラたちがその後なぜか、異なる状況のもとでしっかり生きている。なんの合理的な説明もないまま進む展開に当初は面食らうが、これがパラレルワールドだと理解すれば、矛盾やあいまいな点があるのは当たり前。アーシュラがレイプされたり、されなかったり、異常な性格の夫と結婚したり、しなかったり、それぞれのエピソードを理屈ぬきに楽しめばよいことになる。きわめつけは、第二次大戦中のアーシュラの戦争体験だ。ドイツ人と結婚し、ベルリンで米英軍による空襲に遭ったかと思うと、こんどはロンドンで連日連夜、ドイツ軍による大空襲。とりわけ、後者には相当な紙幅が割かれ、本書の山場となっている。が、いくら戦争の悲惨さが強調されても、しょせん複数の現実のひとつである以上、生か死か、という限界状況ならではの緊迫感に欠ける憾みがある。それよりなにより、パラレルワールドを提出することで、作者がなにを訴えようとしているのか判然としない。実際はひとつしかない現実だからこそ、そのなかで生き、苦しむことにも意味があるはずだが、複数の現実のもとでは、その意味にどんな変化が生じるのか、という説明が皆無。着想はおもしろいし、個々のエピソードもそれなりによく出来ている。が、肝腎な問題が素どおりのため、心にひびいてくるものは少ない。