ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ruth Ozeki の “A Tale for the Time Being” (5)

 土曜日はいつも出勤日なのだが、きょうは日程の変更で休み。久しぶりにゆっくり時間が取れ、Jhumpa Lahiri の "The Lowland" をあと少し、というところまで読み進んだ。
 このまま一気に片づけてもいいのだが、土曜日は晩酌デーでもあるのでレビューは書けそうもない。もう一回だけ、"A Tale for the Time Being" の気になる点にふれておこう。
 主人公の中学生 Nao が太平洋戦争についてこんなことを書いている。'Most Americans think it was all Japan's fault, because Japan invaded China in order to steal their oil and natural resources, and America had to jump in and stop them. But a lot of Japanese believe that America started it by making all these unreasonable sanctions against Japan and cutting off oil and food ....(中略) This theory says that America forced Japan to go to war in self-defense, and all that stuff they did in China was none of America's business to begin with.' (pp. 178-179)
 Nao は日本に帰国後、東京の中学校でひどいいじめを受け、ろくに授業など聞いていられなかったはずなのに、日本の歴史についてはやけに詳しい。変だぞ……と勘ぐれば、このくだりからはNao の声というより、むしろ作者自身の声が聞こえるのではないだろうか。作者はここで、アメリカ人とは異なる、多くの日本人(かどうかは疑問だが)の歴史観を示したかったのかもしれない。
 一方、特攻隊員の Haruki #1 は秘密の日記にこうしるしている。'I have always believed that this war is wrong. I have always always despised the capitalist greed and imperialist hubris that have motivated it. (p.328)
 これがそっくりそのまま作者の見解だとは言わないが、少なくとも終始一貫、読者が Haruki #1 に共感を覚えるように彼の人生が描かれていることは間違いない。上のように、Nao を通じていちおう歴史観の相違を紹介しているものの、作者はやはり、Haruki #1 に近い立場なのだろうな、と推測するゆえんである。
 太平洋戦争については、ほかにも Nao の父親 Haruki #2 の見方が紹介されたり(pp. 308-309)、Haruki #1 が聞いた日本兵による蛮行の話(pp. 326-327) なども出てくるが、これらについてふれると、大変やっかいな問題に首を突っこんでしまうので省略。いずれも Haruki #1 の考え方と同じ文脈で読める、とだけ言っておこう。
 ぼく自身の立場はすでにレビューで示している。「戦争もテロも、異なる正義や価値観の衝突がもたらす運命の悲劇であり、まさしく多元宇宙の所産である。ところが、本書における戦争のとらえ方には〈正義の多元性〉という視点がいささか欠けている。ナオやルースなど、中心人物の個人としての存在が陰翳豊かに造形されているのとは対照的に、一面的、図式的な人間観・歴史観がかいま見えるのが惜しい」。
 最近、かみさんが話題のベストセラー、曽野綾子氏の『人間にとって成熟とは何か』を読んでいる。目次をちらっと見たら、第一話「正しいことだけをして生きることはできない」の小見出しがこうなっていた。「すべてのことに善と悪の両面がある」、「人間の心は矛盾をもつ」。内容までは読んでいないが、これらは戦争についても当てはまるものだ、とぼくは思う。
 こう書くと、お前は戦争を肯定するのか、侵略戦争を正当化するのかという罵詈讒謗を浴びそうだが、否定でなければ肯定、肯定でなければ否定、という単純な一元論こそ戦争を生みだすものだ、とあらかじめ反論しておこう。そういう一元論は相手の言論を、存在を圧殺する全体主義の発想である。
 ……いかん、柄にもなく大風呂敷を広げてしまった。重大な問題を中途半端のまま終わらせるのはよくないが、もうそろそろ晩酌タイム。この "A Tale for the Time Being" は、太平洋戦争についていろいろ考えさせられる作品である、とだけ述べておしまいにしよう。