ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"The Red and the Black" 雑感(4)

 Julien Sorel はナポレオンに心酔し出世を夢見る野心家で、プライドもすこぶる高い。が一方、Mme de Renal との出会いの場面からわかるように、うぶで shy、純情な青年でもある。こうした彼のキャラも対比の一例である。
 これに対し、彼を家庭教師に雇った市長、M. de Renal は「強欲でドケチ、傲慢な俗物」だ。二面性をもつ人物ではないが、その代わり、Julien Sorel とくらべると、貧富の差や身分の違いなどのほかに、精神的な意味での「高貴と下賤」、極論すれば「聖と俗」と呼んでいいかもしれない対比がある。
 以後も Julien のまわりには、無能で隷従的な修道士や身分差にこだわる貴族など、要するに俗物が数多く登場する。と、そのたびに彼の汚れを知らぬ清純な心が際だつことになり、そこに「高貴と下賤」、「聖と俗」という対比を読み取ることも可能なのである。
 そんな Julien が恋をした Mme de Renal は、よくまあ、こんな夫にこれほどの妻がと思えるほど(これも対比の一つ)、上品でつつましい清純な女性である。もちろん Julien と出会うまでは貞淑な妻であり、それが激しい恋に落ちるのだから、さらには良心の呵責にさいなまれながら恋い焦がれるのだから、これまた性格的な対比を示している。
 そもそも、Julien と Mme de Renal の恋そのものが対比の典型例なのだ。美男美女というのは同類項かもしれないが、Julien が当初、夫人を次のようにとらえている点からして恋愛と社会という対比がうかがえる。'he observed her as though she were an enemy with whom he must do battle. .... Mme de Renal's presence recalled him wholly to the pursuit of his glory.' (p.61) 'Shall I be trembling like this, and so ill at ease when the first duel comes my way? said Julien said to himself .... The frightful combat that duty fought against timidity was too taxing for him ....' (p.62)
 以上は Julien が初めて夫人の手を握る前のことで、次は以後の説明。'A sleep-like lead enwrapped Julien, mortally weary from the battles that timidity and pride had waged all day in his heart. .... He had done his duty, a heroic duty. ....he locked himself in his room and gave himself over, with totally new pleasure, to studying the exploits of his hero [Napoleon].' (pp.63-64)
 つまり、この段階の Julien はまだ本当に恋をしているわけではない。身分の高い夫人を一種の「階級闘争」の対象としてとらえ、臆病風に吹かれる自分を叱咤激励。さながらナポレオンの恋愛観を実践するかのように夫人を征服しようと試み、その初勝利に酔い痴れている。そこに当時の社会的な背景があることは明らかだろう。
(写真は、宇和島市にある龍華山等覚寺の山門。宇和島藩主伊達家の菩提寺である)。