ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

A. S. Byatt の “Possession”(1)

 1990年のブッカー賞受賞作、A. S. Byatt の "Possession" を読了。雑感でふれたように、途中まで☆4つ。★を1つ追加しようかどうか迷っているうちに読み終えてしまった。前回述べたような不満は残るものの、Byatt の力業に敬意を表して結局、オマケすることにした。

[☆☆☆☆★] 根底にあるのはメロドラマだが、それをさまざまな技巧によって芸術作品に高めた力業が圧倒的である。ヴィクトリア朝の高名なふたりの詩人に男女関係があったのでは、と現代の学者たちが真相を探るのが主筋とあって、当時の文体で書かれたものとおぼしい英詩や書簡、日記などが多数引用され、まずそれだけで豪華絢爛。学者たちの論文とあわせ、架空の詩人たちが実在の人物かと思えるほどの「信憑性」がある。それゆえ詩人たちの憑かれたような恋愛も読みごたえじゅうぶんで、メロドラマの永遠性さえも感じさせる高揚ぶりだ。一方、現代の学者が学問の対象にとり憑かれ、尋常ならざる行動に走る姿も迫力満点。こちらも恋愛がからみ、相違点はあるもののヴィクトリア朝の恋愛と同時進行、申しぶんない劇的展開である。昔の書簡や日記には詩人の家族、友人のものもふくまれ、現代編では、主役の男女に公私ともどもかかわる学者や詩人の子孫たちも登場、複雑な利害関係がリアルに描かれる。このように、過去と現在という時間的二重構造とポリフォニーの構造が幾重にもからみあい、それぞれの人物・情景描写が細密画のように仕上がっている。まさに力業というほかない。ふたりの詩人の関係が明らかになったところでその作品解釈がどう変更され、それが現代人にどんな意味をもつのか、といった点に疑問はのこるが、作者はその疑問を解消する努力も試みている。★をひとつ追加したゆえんである。