ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Alan Hollinghurst の “The Line of Beauty” (3)

 Hollinghurst の作品を読んだのは、5年前の "The Stranger's Child" 以来で2冊目。同書は2011年のブッカー賞レースの際、あちらのファンのあいだで大本命の呼び声が高かったが、あえなくショートリストで落選。ぼくはロングリストの発表直後、下馬評を信じてさっそく読んでいただけにガッカリしたものだ。
 以下に再録した当時のレビューを読むと、何だかホメすぎのような気もする。というのも、レビューや前後の雑感を読み返しているうちに、ああ、そんな話だったな、とだんだん思い出したからだ。
 ただ、今回の "The Line of Beauty" より出来はいいと思う。「文体の魅力がなけれ単調この上ない」、「ゲイが前面に出てこなければ陳腐きわまりな」い本書に対し、"The Stranger's Child" のほうは、同じゲイ小説でも「重層的な構造」が奏功してかなり読める作品に仕上がっている。おやじギャグを飛ばすなら、「芸(ゲイ)がちがう」。
 本書との共通点は、どちらも「耽美的な禁断の世界」が描かれていることだ。察するに、"The Line of Beauty" が2004年にブッカー賞を受賞したのも、「耽美主義、芸術至上主義の立場からすれば秀作」という判断があったのかもしれない。
 以下のレビューを書いた当時はまだ、星印で点数評価をしていなかった。ほとんど記憶になかったことを考えると、☆☆☆★でもいいような気もするが、第一印象を優先させ、★を1つオマケしました。

Strangers Child

Strangers Child

[☆☆☆★★] 重厚にして緻密な「歴史ゲイ小説」。最大の美点は、いくつもの物語が織りなす重層的な構造と、それぞれの物語を支える精緻をきわめた描写だろう。ケンブリッジ郊外の町を主な舞台に、百年近い歴史の中で男と男、ときに男と女の恋愛感情がコミカルに、性的に、隠微に、はたまた快活に、さまざまな人物の視点から描かれる。当然、各人が交代で中心的な役割を果たすが、全編を通じて主役を演じるのは、第一次大戦で戦死した青年詩人。彼の「男女関係」に始まる開幕から第3部まで、その家族やファンたちの恋愛沙汰が年代記風に綴られる。各部とも山場があり、けっこう盛り上がるが、次の部で時代と人物関係が一変し、いくつか疑問点ものこるなど消化不良気味。ただ、心理・情景とも微に入り細をうがった描写には舌を巻き、胃がもたれるほどだ。第4部以降でも時代はさらに進むが、内容そのものは遡及的で、それまでの主な登場人物とのインタビューや文献などを通じて、青年詩人の正体を解き明かそうとする試みが行なわれる。この過去の再構成、追体験のアイディアはべつに目新しくはないが、本書の重層的な構造の根幹をなす意欲的な試みとして評価できる。上記の疑問も氷解。が、詩人の正体は第1部ですでに明らかで、それを解明するプロセスから生みだされるはずのミステリ的な興味はいっさいない。そもそも、解明に値するほどの正体なのか。そう考えると、本書の「精緻をきわめた描写」は冗漫この上なく、長大な無駄ということになるが、耽美主義、芸術至上主義の立場からすれば秀作のゆえんなのかもしれない。英語の語彙レヴェルは高めだが、とくに難解というほどではない。
(写真は宇和島市三島神社)。