ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Kamel Daoud の “The Meursault Investigation” (5)

 まず今までの復習から。Camus の "The Stranger" を読み返すヒマはないので、推測でものを言うしかないのだが、同書の冒頭の一文 'Maman died today.' は、ニーチェの言葉をもじり、 'God is dead today.' と読み替えても何ら違和感はないように思う。「もし天上の絶対的正義がなければ、あとに残るのは地上の相対的正義、つまり不条理でしかない」。この意味で Camus は、論理的な整合性をちゃんと意識して不条理を描いているような気がする。
 "The Meursault Investigation" の場合はどうか。主人公の Harum はまず、 'I'll go so so far as to say I abhor religions.' と言う (p.69) 。ところがその後、神や宗教にかんする話題はなかなか出てこない。幕切れ近くになってようやく、自分の立場は 'between Allah and ennui' (p.131) という記述がある。
 さらに結末まで神への言及を拾ってみよう。'God is a question, not an answer .... I want to meet him alone, at my death as at my birth.' (p.139) '.... you can't imagine what an old man has to put up with when he doesn't believe in God. .... One day the imam [Muslim priest] tried to talk to me about God .... but I .... made an attempt to explain that I had so little time left, I didn't want to waste it on God.' (p.140) 'Throughout the whole absurd life I'd lived, a dark wind had been rising toward me from somewhere deep in my future. .... what did his [the imam's] God .... matter to me ....?' (p.141) 'If I believe in God? Don't make me laugh! .... The mosque is empty, the minaret is empty. It's emptiness itself!' (p.142) 'The Arab's the Arab, God's God. No name, no initials.' (p.143)
 たぶんこれでぜんぶだと思う。すでに明らかだろう。Harum は神を信じていない。けれども、だからあのフランス人を殺したのだ、殺してもいいのだ、という発言はどこにもない。するとその事件は〈不条理殺人〉だったのだろうか。
 "The Stranger" の Meursault は 'I didn't believe in God.' と述べる一方、殺人の動機を 'because of the sun' と告白している。〈不条理殺人〉のゆえんである。これに匹敵するような動機が Harum には果たしてあったのか。
 Harum はじつは母親の教唆で犯行におよんでいる。母親についてはこう書かれている。'Ah well, that roumi [non-Muslim] had to be punished, according to Mama, because he loved to go for a swim at two in the afternoon!' (p.112)
 このくだりを目にした一瞬、ぼくはニヤリとした。お、'because of the sun' のパクリだぞ。ところが、よく読むと、べつに不条理な理由というほどでもなかった。自分は毎日仕事で忙しいのに、あいつは楽しくスイミングなんぞしやがって、という羨望だったのだ。身勝手な動機だが、不条理とまでは言えない。
 つまり、Harum の場合、上に引用した神への否定的な態度は、彼が犯した殺人事件の背景情報ではあるものの、そこには直接的な因果関係はない。おそらく関係しているだろう、と推測できる程度なのだ。それゆえ本書では、宗教と不条理の問題について "The Stranger" ほどの「意識的な整合性は認められない」。その点が物足りない。死ぬまでにもう一度 "The Stranger" を、こんどは英語で読みたくなってきた。
(写真は、宇和島市来村(くのむら)川の河口付近から眺めた宇和島城)。