ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Viet Thanh Nguyen の “The Sympathizer” (2)

 前にも書いたとおり、これは P Prize. com の予想では、今年のピューリッツァー賞泡沫候補に近かった。が、ふたをあければ逆転受賞。下馬評にのぼったほかの作品や、最終候補作の "Get in Troubles: Stories" (未読) などと読みくらべたわけではないが、本書の出来ばえから判断しておそらく当然の結果だろう。少なくとも、予想1位だった "The Sellout" [☆☆☆★★★] よりは明らかに上である。
 これでぼくのヴェトナム戦争小説ベスト3も決定。1位はもちろん本書だ。ついで、一連の雑感で紹介した Karl Marlantes の "Matterhorn" [☆☆☆☆]。戦闘シーンの迫力という点ではこちらのほうが上だが、戦争の本質をより深く衝いているのは "The Sympathizer" である。
 最後にリストに加えたいのが、同じく雑感で紹介した Jeffrey Lewis の "Meritocracy" [☆☆☆★★★] 。あれは哀切きわまりない小説だった。以上の3作を読むと、ヴェトナム戦争前から戦後にかけて、アメリカ人とヴェトナム人がどんな悲劇を体験し、双方いかに傷ついたかがよくわかる。
 などとクールに他人ごとのように言えるのも、ぼくが極楽トンボの日本人のひとりだからだ。これも雑感に書いたことだが、ぼくはリアルタイムであの戦争を知っているはずなのに、実際は自分のことしか頭になく、何も知らないに等しかった。
 ただ、こんな光景ははっきりと憶えている。「ヴェトナム戦争反対! 米帝打倒!」と叫んでいた同世代の若者たちは、同時に「○○センメツ!」などと叫んでゲバ棒や鉄パイプをふるっていた。彼らの「平和主義」とはいったい何だったのだろうか。
 いや、今でも日本人の戦争観、平和観は当時から少しも変わっていないかもしれない。前にも書いたことだが、例の安保法案騒動の際、ある大学教授は戦争反対の立場から、「……に言いたい。お前は人間じゃない。たたっ斬ってやる!」と叫んだという。この教授の思考回路は、昔の学生たちとまったく同じである。要するに、自分の正義しか見えていない。それが戦争への「いつか来た道」だということがわかっていない。
 いけない。またまた脱線してしまった。話を本書に戻そう。主人公はこう述懐している。'.... vodka and novels I loved. A nineteenth-century Russian novel and vodka accompanied each other perfectly.' で、その小説のひとつが "The Brothers Karamazov" なのだという(p.202)。
 なるほどね、とぼくは思った。なにしろ主人公は 'a man of two minds' である(p.1)。実際、その「二つの心」がどのように働いていたかはレビューに書いたとおりだが、「二つの心をもつ」作家といえば、ドストエフスキーも最たる例の一人だろう。
 「無限の自由から出発して無限の圧政に到達する」と述べたのは、"The Devils" のシガリョフである。ぼくはあの有名な言葉を思い出しながら、「自由と独立を勝ち取るはずの革命が圧政を生む」とレビューにまとめた。自由と独裁、戦争と平和という反対概念がなぜひとつの現実に帰着するのか。それは「二つの心」の持ち主でなければ、よく理解できない問題である。
 作者 Viet Thanh Nguyen ほどではないにしても、ぼくもドストエフスキーの洗礼を受けることによって、多少は極楽トンボでなくなったような気がする。トンボも年を取れば、少しはものの道理が見えてくる、ということだろう。
(写真は、宇和島市選佛寺前にある黒柿(琉球豆柿)。愛媛県下では非常に珍しく、市指定の天然記念物になっている)