ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"What Belongs to You" 雑感 (2)

 さて、本書はぼくにとって今年2冊目のゲイ小説。この前読んだのは2004年のブッカー賞受賞作、Alan Hollinghurst の "The Line of Beauty" [☆☆☆] である。同書にからめてぼくはこんなことを書いた。
 「ぼくは小説の題材については非常に寛容で、interesting かつ instructive であれば基本的に何でもいい、と思っている。(中略)ゲイ小説だからといって毛嫌いするとか、それだけで評価を下げるといったことはない。要は上手か下手か、それによって面白さが決まる。ただし、有益かどうかという点になると、ゲイ小説のハードルは高くなりそうだ。ゲイの世界でなければ描きえない人生の真実にどんなものがあるか、ぼくには想像もつかないからだ。恋愛についてなら男女関係だけで十分、いや十分すぎるほど語れるはずなのに、どうしてゲイでないといけないのか。その必然性というハードルを超えてはじめて、ほんとうに instructive なゲイ小説と言えるのではないか、という偏見をぼくは前から持っている。『性的嗜好のちがい』だけなら instructive でも何でもない」。
 これがゲイ小説に対するぼくの基本的立場である。「ミもフタもない独断」とは承知しているが、今回もこの偏見の目で読むしかない。
 舞台はブルガリアの首都ソフィア。主人公は現地で教鞭をとるアメリカ人の大学講師。相手は Mitoko B. という青年だ。3部構成で、最初は二人のヌレ場が強烈な印象を与える。こういうジャンル?に馴れていない読者は、場合によっては嫌悪感をもよおすかもしれない。
 なんだか事情通の書き方だが、ぼくもけっして馴れているわけではない。違和感は多少あるものの、ふつうの男女のヌレ場と、まあ、同じような感覚で読んでいるだけだ。が、それにしても〈激しい〉です。
 詳細は省くが、第1部の終わりで二人はいったん別れる。そのあと主人公は雪の降る中、港へ足を向ける。'The snow was easing now though the wind was still fierce, the air tossed the birds as wildly as the sea. I could already sense remorse gathering, it was distant and absrtact still but I knew it would flood in, that it would be terrible, and as I watched the motion of the sea I accused myself, thinking bitterly oh, what have I done. I stood there until I was chilled beneath my clothes and my face was numb with cold. Then I turned and walked back toward the shore, stamping my feet a little to quicken the sluggish blood.' (pp.57-58)
 なかなかいい雰囲気だ。抑えた筆致が功を奏し、主人公の心情がしみじみと伝わってくる。でもこれ、男女の場合と変わりないですな。ヤマは第2部かもしれない。
(写真は宇和島市大超寺。本堂前から眺めた山門)