ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Yann Martel の “The High Mountains of Portugal” (1)

 Yann Martel の最新作、"The High Mountains of Portugyal" を読了。あちらのファンのあいだでは、今年のブッカー賞の有資格候補作と目されている。ペイパーバック版は日本では未発売だが、アマゾン・カナダで買うと、送料込みでも日本で売られているハードカバーより安い。

[☆☆☆★★★] 謎はのこる。結末も消化不良気味。それでもこの不可思議なエピソードとユーモアに満ちた奇想小説からは、現代人の孤独と絶望、深い悲しみ、そしてその試練を乗り越え、心の救済を求めようとする姿が次第に浮かびあがってくる。処方箋のない時代にふさわしい寓話的な作品である。三部構成の中心にあるのは、ポルトガルの山村の教会に安置されたキリストの十字架像。20世紀初頭から80年代にかけて、十字架像をひと目見ようとする男と、像ゆかりの遺物を意外な場所で見つけた女、そして運命の糸にたぐり寄せられるように像と出会った男の物語が綴られる。一見なんの脈絡もない、しかし抱腹絶倒ものの、あるいは奇妙きてれつな、はたまたアガサ・クリスティー推理小説をめぐる考察のように興味ぶかい断片がタペストリーさながら幾重にも織りこまれ、その巧妙な話術とユーモアあふれる筆致に魅了される。各エピソードがどこでどう結びつくかは予測不可能。わけがわからぬまま物語を楽しむしかない。その複雑な絵模様がやがて上の現代人の心象風景へと収斂する。十字架像が中心にあるとはいえ、ここでは宗教は救いをもたらすものではない。しかし書中、なんどか繰りかえされる「ここがわが家だ」との言葉どおり、ひとが心のふるさとを見いだし、そしてなにより心と心がふれあう喜び。そこにかすかな希望があることを暗示しつつ本書は幕を閉じる。すべてが語りつくされたわけではないが、深い余韻に陶然となる瞬間だ。