ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Yann Martel の “The High Mountains of Portugal” (3)

 べつに "The Vegetarian" が先でもよかったのだが、とりあえず読んだ順に、"The High Mountains of Portugal" のほうから補足しておこう。
 といっても、これは雑感でも書いたとおり「まことにケッタイな小説」である。その奇想天外ぶりを詳細に説明したのでは、いくらマイナーなブログとはいえ、たまに覗いてくださる読者の方が未読だった場合に申し訳ない。もうすでにレビューだけで十分、ネタを割ってしまっている。
 そもそも本書はテーマがつかみにくい作品だと思う。それぞれのエピソードは変てこだったりユーモラスだったりして非常におもしろいのだが、それが「どこでどう結びつくかは予測不可能。わけがわからぬまま物語を楽しむしかない」。というか、そこがじつは本書の醍醐味かもしれない。それなのにレビューを書く必要上、ついテーマにふれてしまった。おや、そんな見方もできるのかい、といった程度の解釈ですが。
 とはいえ、宗教が問題になることだけは間違いないような気がする。それに付随して、ミステリの女王 Agatha Christie の小説と福音書の類似性を指摘した箇所がおもしろい。'There is meaning in every small incident ― Agatha Chrisitie's stories are narratives of revelatory detail, hence the spare, direct language and the short, numerous paragraphs and chapters, as in the Gospels. Only the essential is recounted. Murder mysteries, like the Gospels, are distillations.' (p.157)
 これに先立ち、かの名作 "Murder on the Orient Express" がキリストの物語と具体的に一致する点が述べられている(p.156)。同書を読んだ、あるいはシドニー・ルメット監督の映画を見たことがある人なら、きっとニヤニヤするにちがいない。ぼくもとても懐かしかった。
 なぜ Christie なのか。ひとつには、この話が出てくる第2部が1939年という時代に設定されているからだ。ミステリ・ファンには常識だが、1920年代から30年代は、謎解きを主眼とする探偵小説の黄金時代。Christie の処女作 "The Mysterious Affair at Styles" は1920年刊、上の代表作は1934年の作品である。
 というわけで、小学生のころから推理小説が大好きだったぼくは、この一連のエピソードをじつに興味ぶかく読んだ。'But look ― he's [Christ is] right there in her last name. .... Jesus Christ and Agatha Christie, the apostle Paul and Hercule Poirot so closely matched.' (pp.164 - 165)
 でもまあ、よく出来たこじつけですな、というのがぼくの率直な感想だ。名探偵なら Poirot にかぎらず、黄金時代だけでもたくさんいる。その主な人物、主な作品を思い出すにつけ、べつに Christie でなくても、ほかに福音書の内容と符合しそうな例がいくつもあるのでは、という気がする。ミステリの女王だから代表して、ということかもしれない。
 以上、べつに補足しなくてもいいような補足だったが、なにしろネタバレを避けたかったものであしからず。
(写真は宇和島市神田(じんでん)川ぞいの旧家)