ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Colson Whitehead の “The Underground Railroad” (1)

 今年の全米図書賞最終候補作、Colson Whitehead の "The Underground Railroad" を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] アメリカの奴隷制といえば、芸術作品のテーマとしては相当に古い。差別問題ともども、映画や小説のなかで長らく語り継がれ、いまや歴とした伝統文化の一翼を担う素材となっている。その長い歴史に新たな1ページを刻むとすれば、新しい真実の発掘とはいわないまでも、斬新な角度からの取り組み、新工夫が必要だろう。その点、本書はいちおう合格ラインをクリア。従来あまり描かれることのなかった逃亡奴隷に焦点を当て、賞金稼ぎとのあいだに繰りひろげられる、追いつ追われつの逃亡劇に仕上げている。なによりその逃走手段が斬新でユニークだ。現実と幻想のはざまに敷かれた地下鉄道は、隷属から自由へいたる道の象徴として、国家の存立基盤、国民のアイデンティティを再確認させるものと想像する。さほどに奴隷制は、人種差別はアメリカ人の心の宿痾ということだろうが、ひるがえって、ここには再確認こそあっても新発見はない。メルヴィルやフォークナーなど、アメリカの最高の知性が産み出してきた伝統文化に加えるものはほとんどなにもない。人間を単純に善玉と悪玉にわけるのではなく、善悪の問題にかんして知的に誠実であること。このメルヴィルの原点に立ちかえってこそ、もはや語りつくされた感のあるテーマでも、真に新しい物語をつくれるのではないか、と愚考する次第である。