ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “Paris Nocturne”(1)

 2014年にノーベル文学賞を受賞したフランスの作家、Patrick Modiano の "Paris Nocturne" (2003) を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆☆] 読後、しばし茫然。最後の一行につづく空白部分に思わず、目が釘づけになってしまった。この空白はいったいなんだろう。と、つぎの瞬間、その意味が強い衝撃をともない伝わってきた。深い余韻どころの次元ではない。それはあらゆる謎が解けた一瞬であり、その余白には主人公の人生のすべて、万感の思いが込められているのだ。パリの夜。青年時代に遭った交通事故を中年男がふりかえるところから物語ははじまる。事故前後、少年時代から現在まで、霧のなかから記憶の断片が次第に浮かびあがり、おぼろげに男の人生が見えてくる。孤独、疎外、倦怠、実存の不安。男は必死に自己を確立しようと、たゆたう記憶のなかでもがき苦しんでいる。と同時に謎が深まる。事故車を運転していた女は何者か。そもそも男にとって、その事故はなぜそれほど重要な意味をもっているのか。たいした謎ではないと思いつつ、いつのまにか夢のような夜想曲の調べに魅せられてしまう。やがて訪れた最後の余白。そこにいたる記憶の断片を思いかえしてみる。なるほど、そういうことだったのか。それは胸が張り裂けるような瞬間である。