ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Magda Szabo の “The Door” (1)

 しばらく前に読了していたのだが、レビューらしきものを書く時間がなかなか取れなかった。おかげで印象が多少薄くなった感は否めない。
 反面、いまだに心に強く残っているところもある。それがこの作品の本質にかかわっていることを願いつつ、やっと駄文を綴ることにした。
 雑感でもふれたように、本書はハンガリー語版(1987)からの英訳で、刊行されたのは2005年。それがどういうわけか昨年、ニューヨーク・タイムズ紙の年間ベスト5小説に選出。同紙のレビューを検索すれば、その理由が紹介されていることだろう。

The Door (NYRB Classics)

The Door (NYRB Classics)

[☆☆☆★★★] このごろ都に流行らぬもの。奉仕、勤勉、誠実さ。こうした美徳は、変動する政治的状況のいかんにかかわらず、いわば人間の定点として存在する。いや、存在したはずだし、また存在しなければならぬ。作者はそんな思いに駆られたのかもしれない。第二次大戦後のハンガリーに住む著名な女流作家が、長年雇っていた老家政婦との交流を回想する。家政婦は働き者だが頑固一徹、いっさい妥協せず、インテリで信心深い作家と何度も衝突。そのバトルがスラップスティック調で楽しい。やがて二人は深い愛情の絆で結ばれるものの、これは安易な友情物語ではない。当初はただの偏屈ばあさんに思えた家政婦が、じつは激動のハンガリー現代史の生き証人として、二つの世界大戦をはさんだ政治体制の劇的変化を目撃。空疎な政治理念や主義主張には目もくれず、実生活の中で誇りをもって他人に奉仕する。そういう非政治的、個人的な信義をつらぬくことへの尊崇の念が、コメディー仕立ての寸劇からありありと伝わってくる。そんな家政婦が守りとおした価値観は、個人的信念であるがゆえに相対的であり、時の流れ、そして当人の死とともに消え去る運命にある。これは、みごとだが、はかない、はかないが、みごとな人生への〈扉〉をひらく本である。