ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hassan Blasim の “The Iraqi Christ”(1)

 2014年の Independent Foreign Fiction Prize 受賞作、Hassan Blasim の "The Iraqi Christ"(2013)を読了。Blasim はフィンランド在住のイラク人作家、詩人、映画製作者で、本書はアラビア語からの英訳短編集である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] 戦争に明け暮れ、いまなおテロの絶えないイラク。この暴力と恐怖、狂気に支配されつづけた危険な状況において、文学ははたして成立しうるのか。どんな形式と内容なら読むに耐える作品が生まれるのか。本書は、そのひとつの答えである。道にぽっかりあいた穴の底に500年以上も昔の老人が住んでいたり、予知能力のある男が自爆テロにかかわった顛末を死後の世界で語ったり、爆破事件の生存者に被害者の霊が乗り移ったりと、戦渦の日常生活で起きたふしぎなできごとの数かず。そのシュールな幻想と怪奇、メタファー、メタフィクションが意味するものは明らかだ。すこぶる不条理な物語は、すこぶる不条理な現実から生まれるということだ。書中なんどか言及されるカフカイラク版である。またお国柄、『千夜一夜物語』の味わいがある点も興味ぶかい。ひとつひとつの小話にはさほど意味がない。散漫なエピソードもあるが、全篇を通じて間接的に国情の不安、人びとの苦悩と疲弊がひしひしと伝わってくる。才能ある国民作家の今後を期待したい。