ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Arundhati Roy の “The Ministry of Utmost Happiness”(1)

 ゆうべも書いたとおり、Arundhati Roy の新作 "The Ministry of Utmost Happiness"(2017)を読了。フィクションとしては20年ぶりの2作目である。ひと晩寝かせたところで、さて、どんなレビューになりますやら。

[☆☆☆★★★] インド的な、あまりにもインド的な力作である。多民族、多宗教、多言語の大国インド。現実には四分五裂しながらも国家としての統一性を保持するという矛盾。その矛盾を矛盾のままに描き、悲哀に満ちた混沌のなかから希望の光を見いだそうとする試みが本書である。開巻早々、男でも女でもない「中性」のアンジュムがデリー市内の墓場に住んでいるという設定からして矛盾の象徴だ。やがてアンジュムの拾った捨て子が何者かにさらわれ、その意味も不明のまま、こんどはカシミール問題をめぐり、インド情報部の高官と一流ジャーナリスト、ムジャヒディンの戦士が三者三様、複雑に絡みあう。彼らをお互いに結びつけているのは友情であり、そして三人が愛したひとりの女だが、その全貌は中盤過ぎまで杳として知れない。悠々たるインダスの流れのごとく、話はなかなか先へ進まない。これは相当に忍耐を要する作品である。が、その努力は後半で報われる。一見ランダムにちりばめられていたパズルのピースが少しずつ絵柄となり、やがて恋あり冒険あり、時にはスパイ小説の味わいも楽しめるほど手に汗握る展開だ。ひと息ついたところで舞台はふたたびデリーの墓場。過激なナショナリズム原理主義など、依然として危険と不安の要素がつきまとうインドの現代にあって、アンジュムの育てる幼い子どもの姿に明るい未来が託され、最大の幸福への願いが込められているのである。