David Grossman の "A Horse Walks Into a Bar" を読了。ご存じ今年の Man Booker International Prize の受賞作である。本来ならすぐにレビューを書くところだが、いまは風呂上がり。明日の仕事に差し支えるといけない。そこで表題作の話に戻ろう。
Arundhati Roy が新作を発表というニュースは、じつは出版前からキャッチしていた。現地ファンのあいだでは、気の早いことに、今年の〈ブッカー賞ロングリスト候補作〉の下馬評に上がっていたからだ。
そこで予約注文。実際読んでみると、期待をこめての感想だが、どうやら下馬評は当たっていそうな気がする。
ただし、最初からぐんぐん引き込まれる小説ではない。なにしろスローテンポ。「悠々たるインダスの流れ」のような展開で、少なくとも中盤までは、「相当に忍耐を要する作品である」。
しかし後半、「一見ランダムにちりばめられていたパズルのピースが少しずつ画像を形成」しはじめたところで目が離せなくなる。とりわけ、インド情報部の高官やムジャヒディンの戦士が登場するあたり、謎とサスペンスに満ちていて、なかなかおもしろい。
が、これはもちろんスパイ小説や冒険小説ではない。それらの要素は本書を形づくるピースのひとつにすぎない。
しかも、これは「おもしろい」とか、「引き込まれる」といった次元で評価すべき作品ではないと思う。本書のテーマを端的に述べたくだりを紹介しよう。How to tell a shattered story? By slowly becoming everybody. No. By slowly becoming everything.(p.442)
前後の文脈は割愛するが、こんな一節もある。That story had always stayed with Musa ― perhaps because of the way hope and grief were woven together in it, so tightly, so inextricably.(p.443)
ぼくはこの記述をもとに、全体を振り返ってこうまとめた。「インド的な、あまりにもインド的な力作である。多民族、多宗教、多言語の大国インド。現実には四分五裂しながら国家としての統一性も保持するという矛盾。その矛盾を矛盾のままに描き、悲哀に満ちた混沌の中から希望の光を見いだそうとする試みが本書である」。
こういう作品こそ下馬評どおり、最低でもロングリストに食い込んでほしいものだ、と保守派のぼくは願っている。
(写真は、宇和島市宇和津小学校の裏山からながめた市街風景)