ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2017年国際ブッカー賞受賞作・David Grossman の “A Horse Walks Into a Bar”(1)

 順番から言うと、きょうは Elizabeth Strout の "Anything Is Possible" の話を続ける日だが、その前に、ゆうべ読みおえた David Grossman の "A Horse Walks Into a Bar"(2016)のレビューを書いておかないといけない。
 Grossman はイスラエルの作家で、本書はヘブライ語からの英訳版。ご存じ今年の国際ブッカー賞(The Man Booker International Prize)受賞作である。

[☆☆☆☆] 最初はなんのことかよくわからなかった。舞台はイスラエルの小さな町のナイトクラブ。ステージの上で、スタンダップコメディーの芸人ドヴァレーが速射砲のごとくジョークを飛ばしつづける。観客同様、その話術に思わず引きこまれるが意図は不明。客席には、ドヴァレーの知人や子ども時代の旧友もいる。ひとりは、彼の芸を見て感想を述べてほしいと頼まれた元判事アヴィシャイ。ショーと平行して元判事の回想がはじまる。饒舌と笑い、ドヴァレーと客のナンセンスな掛けあいに、妻を亡くしたアヴィシャイの悲哀が混じる。このコントラストはみごとだが、やはり意図は不明。しかし笑点が少年時代に参加した軍事キャンプへと移ったあたりから全貌が見えてくる。それまでは観客を、読者を惹きつけるためのいわば前座ネタ。ここで真打ちの演目となり、アヴィシャイも知らなかった昔の事件が、しゃべくり独演のかたちで再現される。ますますボルテージが上がり、八方やぶれのジョークが炸裂するなか、アヴィシャイの亡き父母の胸をえぐられるような思い出が語られ、涙と笑いの一大狂騒曲が繰りひろげられる。軽い芸を期待していた観客は席を立つが、ドヴァレーは人生の意味を、自分のアイデンティティを問いなおしつづけ、アヴィシャイも自分を見つめ、そんな展開に読者のほうも唖然茫然。少なくとも自伝小説で、こんなコメディーショー、こんなド迫力の話芸に接した記憶はとんとない。文字どおり圧倒されてしまった。しかも最後、エゴイズムという人間存在の本質をえぐり出すオマケつき。サンデー・タイムズ紙の評どおり、まさに「衝撃的な傑作」である。