ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Strout の "Abide with Me" と "Olive Kitterridge"

 ゆうべの記事をかいたあと確認したところ、Elizabeth Strout の旧作 "Abide With Me"(2006)と "Olive Kitteridge"(2008)の昔のレビューを公開していないことがわかった。どちらも当時、某社の商品ページに投稿、その後削除したものである。文字どおりの拙文だが、そのまま掲載しておこう。

Abide with Me

Abide with Me

[☆☆☆★] 慈愛に満ちた心温まる終幕がかなりいい。舞台はニューイングランドの田舎町。主人公は幼い二人の娘をかかえた牧師。妻はいない。その理由はすぐに察しがつくのだが、しばらく明示されないまま、教会や娘の通う幼稚園での出来事を通じて、周囲の人々との交流、微妙な心の揺れ動きが、抑制された静かな筆致で淡々と綴られていく。このあたり、やや焦点が絞り切られていないが、妻の身に起きた事件が明らかにされると物語の骨格も見えてくる。誤解や中傷、対立の渦巻くなか、それぞれ心の奥に深い傷を秘めた人物が織りなす人生模様。とりわけ、悲哀や苦悩を希望とともに受け容れ、賛美歌『主よわれとともに』の題名どおり神の恩寵を待つ牧師の姿には、心打たれるものがある。抑制が効きすぎて説明不足だったり、逆に色々なエピソードを盛りこみすぎたりしている点が気になるが、情感豊かな佳品であることは間違いない。
Olive Kitteridge

Olive Kitteridge

[☆☆☆☆★] アメリカ東部メイン州の海に面した小さな町を舞台に、元中学教師の老婦人とその夫、教え子、知人など町の住民が交代で主役をつとめる連作短編集。どの人物の言葉や行動にも深く凝縮された感情が流れ、ときに織りまぜられる海の景色でさえ心象風景となっている。切りつめた会話、静かに抑制された描写が続き、やがて心の叫びが聞こえる。男と女が出会って別れ、夫と妻が衝突し、親と子がいがみ合い、長年連れ添った伴侶が病に倒れ死んでいく。どれもよくある話だが、心のひだを細かく織りなしていくような筆致に説得力があり、人生の悲哀と苦悩、ストイックな感情、ほとばしる激情がありありと伝わってくる。とりわけ主人公の老婦人の性格設定が秀逸で、婦人の心の中には深い愛情と強烈なエゴが渦巻いている。気性が激しく、おのれの主張を枉げず、周囲に恐れられる存在でありながら、過敏とも言えるほど繊細な感情の持ち主で傷つきやすい。同じひとりの人間の矛盾した要素を描いている点で、Elizabeth Strout はまさしく第一級の作家である。そんな婦人が孤独と沈黙の世界で胸のときめきを覚える最後の物語は、海の底のように深い思いをたたえた第1話と並んで、本書の両端を支えるにふさわしい絶品である。