ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

George Saunders の “Lincoln in the Bardo”(1)

 ゆうべ、今年のブッカー賞受賞作 George Saunders の "Lincoln in the Bardo" を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] 実験的な、あまりに実験的なゴースト・ストーリーである。複数の話者の発言を引用しながらリレー方式で同じひとつのシークエンスを叙述。非日常的な口語や俗語、造語、破格構文などを駆使。意識の流れに近い技法や、はたまた「意識の途切れ」とでもいうべき表現まで続出するありさまたるや、言語芸術としての文学、ここにきわまれり。まさに爆発的なことばの乱舞である。しかもその話者は大半が亡霊であり、数多くの亡霊たちが生者に憑依したのち離脱、ハチャメチャな暴動を起こしたり、エロっぽいドタバタを演じたり、とにかく猥雑な一大狂騒劇を繰りひろげる点で、これはマジックリアリズムの極北ともいえる作品である。が、こうした超絶技巧のわりに、テーマとしては意外に底が浅い。肉親に先だたれた家族の悲しみ、死にゆく者の嘆き。これらはギリシア悲劇の時代から扱われてきた題材である。むろん本書の場合、南北戦争当時、リンカーンが幼い息子を病気で亡くしたという小さな史実から、これほど破天荒なドラマを仕上げた点は高く評価できる。生と死の中間領域(チベット仏教のバルド)を援用したところも画期的。しかしながら、要するに死とは悲惨なもの、というテーマしか見えてこないがゆえに「底が浅い」。こと南北戦争にかんする記述にしぼっても、たとえばロバート・ペン・ウォーレンの名著『南北戦争の遺産』とは雲泥の差である。また一方、言語芸術としての文学における実験を試みた先達の作品とくらべても見劣りがする。「死とは悲惨なもの」というだけの認識からは、ジョイスの世界観、フォークナーの人間観に伍するような深いヴィジョンを読みとることはできない。とすれば、「ことばの乱舞」にいかほどの意味があろう。などなど減点材料は多々あるものの、ひるがえって饒舌なナンセンスとは、ひとりジョージ・ソーンダーズのみならず、現代作家の通弊ともいえる欠陥かもしれぬ。その意味で本書は、現代文学の極北を示した作品でもある。