きのう、ノーベル賞作家 Orhan Pamuk の "The While Castle"(1985)を読了。さっそくレビューを書いておこう。(追記:本書は、1990年に創設されたインディペンデント紙外国小説最優秀作品賞の第一回受賞作でした)。
The White Castle (Vintage International)
- 作者: Orhan Pamuk
- 出版社/メーカー: Vintage
- 発売日: 2010/08/24
- メディア: Kindle版
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[☆☆☆☆]「おれはだれだ」。生きていると、いつかはこの実存の問いに立ちすくむことがある、たぶん。しかしそれは観念的な疑問であり、考えれば考えるほど観念に縛られ、答えはいっこうに出てこない。そもそも答えはあるのか。本書は、そんな観念の世界を奇想と豊かなイマジネーションで物語化。綺譚のかたちでアイデンティティを追求し、その過程で現実と虚構を融合させたメタフィクションである。主人公のヴェネツィアの青年と、彼が奴隷として仕えるオスマン帝国の学者ホッジャとの関係は、むろん西洋と東洋の激突を意味するが、外見の酷似するふたりが対決の末、身分はおろか人格までも交換したということは、とりもなおさず、西洋と東洋の本質的な相違とはなにか、いかなる民族同士であれ根源的なちがいはなにか、そもそも人間を区別する彼我の差はどこにあるのか、というアイデンティティの問題にかかわっている。このとき、登場人物同様、本書を読むと、「心の奥にひそむ秘密の真実」とはなにか、「自分のおかした最大最悪の罪はなにか」と読者も考えざるをえない。すなわち、罪こそアイデンティティであり、ひとはみな罪人であるという点で等しい。内省と知的昂奮に駆られる傑作である。