ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Esi Edugyan の “Washington Black”(2)と、今年のブッカー賞回顧

 ほんとうはスノープス三部作について補足する順番だが、先週からの流れで本書のことを書き足しておこう。
 まずこれは10月のブッカー賞発表前、ひとつだけ読みのこしていた候補作。せっかく発表に間に合うように注文したのに、「発送したのですが途中で紛失したものと思われます」というフザけた代理店のせいで入手できなかった。
 その後、本書は落選。おかげで当分読むこともないだろうと思っていたら、やがてカナダで最も権威のある文学賞、ギラー賞の最終候補作に選ばれたとのニュース。現地ファンのあいだでは Eric DuPont の "Songs for the Cold of Heart"(未読)が最有力だったが、 

Songs for the Cold of Heart

Songs for the Cold of Heart

 

 ぼくはパターンどおり本書が栄冠に輝くものと直感した。ブッカー賞落選の雪辱をギラー賞で果たす(?)というパターンですね。これはブッカー賞の最終候補作にかんするかぎり、過去4回ある。
 まず、古くは1995年、Rohinton Mistry の "A Fine Balance"(☆☆☆☆)。 

 それから1996年、Margaret Atwood の "Alias Grace"(未読)。 

Alias Grace (English Edition)

Alias Grace (English Edition)

 

  最近では、前回紹介したとおり2011年、Esi Edugyan 自身の "Half Blood Blues"(☆☆☆★★)。 

 そして2016年、Madeleine Thien の "Do Not Say We Have Nothing"(☆☆☆★★★)。 

 すると案の定、"Washington Black" がギラー賞を獲得(11月21日)。この時点でも、ぼくはそのうち読もうという程度の関心しかなかったが、同月29日、ニューヨーク・タイムズ紙が毎年恒例の The 10 Best Books を発表。小説部門で本書が選ばれたことを知り、やおら手を伸ばしたという次第です。
 感想をひとことで述べると、レビューの書き出しに尽きる。「結末を除けば、物語としてはかなり面白い」。物語性という点だけで評価すれば、☆☆☆☆くらい。たしか現地ファンにも本書を最右翼に挙げていた人がいたようだ。その気持ち、よく分かります。
 が、ぼく自身の経験から言うと、ブッカー賞レースを占ううえで物語性はあまり重視すべきではない。2006年の発表前、Sarah Waters の "The Night Watch"(☆☆☆☆)を夢中で読み、これこそ大本命と思ったら、ふたをあけると Kiran Desai の "The Inheritance of Loss"(☆☆☆☆★)にみごと賞をさらわれてしまった。 

  後日、同書を読んで受賞結果に大いに納得。物語としても非常に面白かったが、それ以上に、深い感動を与える作品だったからである。
 ひるがえって、"Washington Black" はたしかに面白いものの、「感動はさっぱり湧いてこない」。詳細は省くが、本書がいたく気に入った人でも、最後はちょっとね、というのが正直な感想ではないでしょうか。
 人物描写が薄味なのも気になった。十代の黒人少年が習いたてとおぼしい英語で綴った回顧録という設定なので仕方のない面はあるものの、たとえば、少年が仕事を手伝うようになった海洋生物学者との関係はこうだ。He had of course resisted my accompanying them to London. .... he remained gruff and unfriendly in the journey's first week, so that I kept my distance. And yet, somehow, things began to shift during the long days at sea. We started to talk more and to joke again as we cared for the live specimens ....(p.317)
 これなど「スムーズな展開を重視するあまり(中略)主要人物の動機や心理が説明不足」という一例だろう。somehow の一語で態度変化の理由を述べるとはガックリだ。その点、"Half Blood Blues" のほうがずっと内容が濃かったのでは。ぼくはいまジャズにハマっているけれど、ジャズも洋書も大好き、という方にオススメです。 ともあれ、これで今年は久しぶりにブッカー賞の最終候補作をぜんぶ読了。またロングリスト入選作も13冊中11冊読んだことになる。
 そこで今年の賞レースを振り返ってみると、いつかレースの最中にも書いたとおり、今年はどうも低調。ぼく自身のイチオシだった Richard Powers の "The Overstory" は、アイデアこそ斬新だけれど人間ドラマとしては味が薄い。   受賞した Anna Burns の "Milkman" は、フェイクニュース花盛りの情報社会に警鐘を鳴らした点で一読の価値はあるものの、小説としての完成度に欠ける。  その他の候補作をざっと見わたしても、邦訳が出そうな作品は、たぶん Michael Ondaatje の "Warlight" くらいのものだろう。その理由も、Ondaatjhe には固定ファンがいること、そして何より今年、"The English Patient"(☆☆☆☆)がゴールデン・ブッカー賞を受賞したという話題性があることだ。けっして同書が名作だからというわけではない。あ、何度も言いますが、個人的にはけっこう好きな作品なのだけれど。   ご存じのとおり、出版業界はいま超氷河期にある。これはぜったい売れると出版社が判断しないかぎり、純文学の邦訳はまずありえない。今年の意外な拾いものは "Everything Under" だったけど、ちょっと地味かな。