きのう本書を読了。1970年の全米図書賞受賞作である。いつもならすぐにレビューを書くところだが、なぜか〈あとがき〉が気になり斜め読みしたところ、ぼく自身の感想をもう少し煮詰めたほうがいいなと思い直した。
その結果が以下の駄文だが、これを書いている今、いつもどおり駄文になりそうだという以外、一日たってもまだほとんど構成が浮かんでこない。さて、どう書き出したらいいものやら。
[☆☆☆☆★] 作者のあとがきによれば、「彼ら」とは貧乏白人のことだという。たしかにこれは、1930年代から60年代にかけた貧乏白人一家の
年代記である。が、その時々の主人公が自分以外の家族をしばしば「彼ら」と呼んでいる点も見逃してはなるまい。愛してはいるが異質の存在でもある家族。その近くて遠い、遠くて近い関係は家族のみならず、人間存在の断絶とその超克をめぐる葛藤にもつながっている。それが本書の読みどころだ。舞台は
デトロイト。娘時代の母親の話にはじまり、その息子と娘が交代で主役をつとめながら成長するうちに事件が起こる。うねるようなサイクルだ。さりげない出だし、次第に高まる緊張、予想外の衝撃的な結末。そしてまたつぎの波が静かに押し寄せてくる。緻密で繊細な描写に支えられた
ストーリーテリングは超一流の名人芸である。そこへふと、オーツ自身の自己批評かと思えるような現実が紛れこむ。奇をてらった趣向ではなく、フィクションを現実化しようとする
メタフィクションであり、巻頭の作者注とあわせ、上の各エピソードがいっそう迫真性を増す仕掛けとなっている。やがて1967年に実際に起きた
デトロイト暴動。当時の
アメリカを震撼させた大事件だが、オーツの関心はむろん政治や社会ではなく、人間存在そのものへと向かう。自分は「彼ら」の一員なのか、それとも彼らはやはり「彼ら」なのか。そのあたりの記述が若干物足りないが瑕瑾。ともあれ家族にかぎらず、「近くて遠い、遠くて近い」相手との関係は、すなわち自分と、おのが心中のもうひとりの自分との関係に等しい。本書に登場する若者たちはみな魂の自由を望み、自己を確立しようとしている。他者との断絶とその超克は、同時に自己の分裂とその超克でもある。こうした内面の葛藤を劇的展開のうちに描いてこそ、名作は生まれるのである。